この記事の要点
- 生成AIツールの選定では、候補の条件を同じ欄に写す作業、業務一覧との突き合わせ、試用記録の集計をAIに任せられます。
- 標準にするツール、有料にする範囲、外部サービスへ入力してよい情報の線は、所長と有資格者が決める工程として残ります。
- 本メディアでは、業務一覧表と入力可否表が無い事務所は、比較表より先に棚卸し表を作るべきだと判断します。
定義生成AIツールの選定は、受任から請求までの業務の外側にある、年に一度あるかないかの業務です。
ツール選定は事務所のどこで止まっているか?
生成AIツールの選定は、受任から請求までの業務の外側にある、年に一度あるかないかの業務です。起点は導入検討の開始で、担当は所長と、事務局長か情報システムを兼務する所員になります。入力は候補ツールの一覧、利用部門の業務一覧、事務所のセキュリティ要件で、出力は選定比較表と利用ルール案です。
止まる場所は決まっています。業務一覧が「調査」「文書作成」という大きな名前のまま1行で置かれています。案件管理システムの案件番号や共有フォルダのひな型集と結びつかないまま、ツールの比較だけが進みます。比較表は埋まるのに、どの業務がどれだけ楽になるかは最後まで出てきません。
「比較サイトを見比べても、うちの申請書作成が楽になるのかが分からない」——士業事務所ではこの構造の悩みが定番です。選定を判断の単位まで割らないかぎり、候補はどれも「できそう」に見えます。

選定を8工程に分けるとAIはどこに入るか?
この記事では、次の規模を前提として置きます。候補ツールは3〜5本、利用部門は1〜3、業務一覧は30〜60行、対象は所員10名前後の事務所です。自社の規模が違えば、工程ごとの量と時間は当てはまりません。
- 1業務一覧を棚卸しするAIと人
- 2扱う情報を分類し入力可否を決めるAIと人
- 3候補ツールを選定比較表に写すAIと人
- 4業務ごとの適合度を評価するAIと人
- 51業務で2週間試すAIと人
- 6標準ツールと有料の範囲を決めるAIと人
- 7利用ルールを確定して配るAIと人
- 8月次で効果を測り次の業務を選ぶAIと人
AIが担える人が決める
1
業務一覧を棚卸しする
担当: 所長・事務局長 / 使うもの: 業務一覧表、案件管理システムまたはExcel、共有フォルダ / 量・時間: 30〜60行を打ち合わせ2〜3回
- AIが解決すること
- 各行を「判断を含む工程」と「写す・比べる工程」に仕分けし、入力・出力の帳票名が空の行を指摘する
- 人が決めること
- 業務の粒度と、棚卸しの対象から外す業務
- 詰まるところ
- 「調査」「文書作成」の粒度で1行にまとめ、入力と出力の帳票名が書かれない
- 失敗したときの損失
- 粒度が粗いまま比較するため、どの候補も適合に見え、選定をやり直す
2
扱う情報を分類し入力可否を決める
担当: 所長(有資格者) / 使うもの: 情報管理規程、入力可否表、顧客台帳、案件フォルダ / 量・時間: 業務一覧の全行に可否を付ける
- AIが解決すること
- 行ごとに扱う情報の種類(氏名・相手方・金額・証憑)を並べ、可否が空欄の行と分類の重複を出す
- 人が決めること
- 外部サービスへ入力してよい情報の線、例外を認める条件
- 詰まるところ
- 相談メモ・証憑・相手方の氏名が混ざった資料の扱いが決まらない
- 失敗したときの損失
- 個人のアカウントでの利用が先に広がり、守秘義務の観点で後から止められない
3
候補ツールを選定比較表に写す
担当: 情報システム担当 / 使うもの: 各サービスの利用規約・料金ページ、選定比較表 / 量・時間: 候補3〜5本×比較項目15〜25
- AIが解決すること
- 利用規約と料金ページから学習利用・保存期間・管理者設定・記録の記述を抜き出し、同じ言葉に置き換えて表の同じ欄に並べ、原文の該当箇所を併記する
- 人が決めること
- 比較項目そのもの、原文にあたって確認する項目
- 詰まるところ
- 学習利用の有無、保存場所、管理者が変えられる設定の言い方が各社で違い、同じ欄に並ばない
- 失敗したときの損失
- 抜き出しの誤りが標準の決定まで残り、契約後に入力可否表と矛盾する
4
業務ごとの適合度を評価する
担当: 情報システム担当・各業務の責任者 / 使うもの: 業務一覧表、選定比較表 / 量・時間: 30〜60行×候補3〜5本
- AIが解決すること
- 業務一覧の入力と出力を各候補の機能と突き合わせ、「案の提示まで」「写す・比べるまで」「対象外」の3段階で下書きし、根拠にした比較表の行を示す
- 人が決めること
- 評価の確定、判断を含む工程を案の提示までに落とすかどうか
- 詰まるところ
- 「できる・できない」の二択で埋め、独占業務に関わる工程まで「できる」になる
- 失敗したときの損失
- 有資格者の確認が形だけの設計で試用に入り、独占業務の責任があいまいになる
5
1業務で2週間試す
担当: 対象業務の担当者・補助者・所長 / 使うもの: 実案件の資料、試用記録、案件管理システム / 量・時間: 1業務・実データ・2週間
- AIが解決すること
- 試用記録から件数と時間を集計し、修正が多かった項目を並べて要約する
- 人が決めること
- 対象業務、合否の線、継続と中止
- 詰まるところ
- 導入前の値を測っていないため、速くなったかを印象でしか語れない
- 失敗したときの損失
- 判断の材料が無いまま全所員へ配り、使われないまま費用だけが残る
6
標準ツールと有料の範囲を決める
担当: 所長・パートナー / 使うもの: 選定比較表、試用記録、入力可否表 / 量・時間: 会議1回
- AIが解決すること
- 比較表・試用記録・入力可否表の三つで食い違う項目を一覧にする
- 人が決めること
- 標準にするツール、有料にする範囲と人数
- 詰まるところ
- 費用の話だけで終わり、入力可否表との整合が確かめられない
- 失敗したときの損失
- 部門ごとに別の契約が残り、顧客の秘密がどこへ送られたかを事務所として追えない
7
利用ルールを確定して配る
担当: 所長・事務局長 / 使うもの: AI利用ガイドライン、入力禁止情報の一覧、研修記録 / 量・時間: 1〜2ページと説明1回
- AIが解決すること
- 入力可否表と選定比較表から、業務ごとの「やってよい・やらない」を1ページの箇条に下書きし、規程本文との対応を示す
- 人が決めること
- 違反したときの対応、例外を認める人
- 詰まるところ
- 規程の言葉が長く、現場が読む場所が分からない
- 失敗したときの損失
- ルールが読まれず、個人のアカウントでの利用が続く
8
月次で効果を測り次の業務を選ぶ
担当: 所長・業務責任者 / 使うもの: 月次レビュー表、試用記録、利用明細 / 量・時間: 月1回
- AIが解決すること
- 作業時間と件数を集計し、導入前との差分を要約し、使われていない部門を抽出する
- 人が決めること
- 継続と中止、次に着手する業務
- 詰まるところ
- 作業時間の記録が残らず、効果を語れない
- 失敗したときの損失
- 使われないまま契約が更新され、次の投資の判断ができない
AIで消える工程は、工程3で各社のページから条件を拾って表の欄を手で埋める作業と、工程8の集計です。短くなる工程は、工程1の仕分け、工程4の一次評価、工程7のルールの下書きで、所長が読む前の形が先に出てきます。新しく増える確認工程は二つです。工程3で抜き出した条件を原文で確かめる工程と、工程4の評価を有資格者が見る工程が加わります。
図の見方は、色枠がAIの担う工程、灰色が人が確定する工程、二重枠が両方、右上の三角が詰まりやすい工程です。
AIに任せる範囲と所長に戻す範囲の境界
境界の引き方は、動詞で決まります。写す、抜き出す、突き合わせる、集計する、下書きするはAIに渡せます。決める、線を引く、承認する、止めるは所長と有資格者に残ります。
残る理由は三つあります。第一に、守秘義務です。弁護士法、税理士法、社会保険労務士法は、それぞれ職務上知り得た秘密を守る義務を定めています。どの資料を外部サービスへ送ってよいかは、事務所として決める以外に方法がありません。
第二に、独占業務です。AIが候補や草案を出しても、業務の主体と責任は有資格者にあります。工程4で「案の提示まで」に落とす判断は、機能の有無ではなく責任の所在で決まります。
第三に、費用の範囲です。有料にする人数と部門は、試用で置き換えられた業務の数と突き合わせて所長が決めます。比較表の点数が高い候補が、自事務所の業務に合うとはかぎりません。
事実として言えるのはここまでです。候補ツールごとの出力の優劣は、事務所のひな型集と過去案件の形で変わるため、一般論では答えられません。
最初に着手する1工程はなぜ比較表からなのか?
着手先は3問で決めます。判断か作業か、データはあるか、失敗したときの損失はどこで出るか、の3問です。
工程3は作業で、利用規約と料金ページという公開された資料があります。誤っても原文で確かめれば、標準を決める前に戻せます。だからAIを入れる最初の1工程は工程3で、工程2の入力可否表は人の手で先に終わらせます。
本メディアでは、扱う情報の分類が終わっていない事務所に試用から入ることは勧めません。理由は、便利さが先に広がると利用を後から止められないためです。前提は、顧客の秘密と個人情報を扱う業務が対象に含まれることです。この前提が外れる条件は、対象が所内の総務業務だけで顧客の情報を一切含まない場合です。
分岐はこう考えます。案件がフォルダとメールに分かれ、案件番号の運用が無い事務所なら、選定より先に案件番号の登録ルールを決めます。候補がすでに1本に絞られているなら、工程3を省いて入力可否表と試用に時間を使います。利用部門が3つ以上あるなら、標準を1本に絞らず、業務ごとに使う範囲を分けて決めます。独占業務に関わる工程が対象なら、AIの出力は案の提示までにとどめます。帳票が紙のままの業務なら、選定より先に帳票のデジタル化と命名規則です。
AIを入れない方がよい条件もあります。所員が数名で、業務一覧が頭の中にあり、候補も1本に決まっている事務所では、比較表の自動化は効きません。この規模では、入力可否表を1枚作り、対象を1業務に決めて試す方が早く終わります。
2週間の試用で測る3つの指標
進め方は次の順です。
- 対象を1業務に決め、所長が外部へ出さない資料を指定します。対象は工程4で「写す・比べるまで」と評価された業務から選びます。
- 導入前のひと月分の値を試用記録に書き写します。件数、1件あたりの時間、差し戻しの回数の三つです。
- 合否の線を開始前に決めます。差し戻しが導入前を下回る、といった形で1行にします。
- 2週間、担当者が同じ帳票と同じ順序で回し、修正した箇所を記録に残します。
- 週の終わりに修正の多い項目を並べ、対象から外す項目を決めます。
- 所長が継続、中止、対象の変更を決め、理由を1行で残します。
- 結果を選定比較表に戻し、候補の順位を見直します。
測る指標は三つです。1件あたりの作成と確認の時間、差し戻しと修正の回数、誤りが見つかる時期です。三つ目は、提出前に見つかるか提出後に見つかるかの違いで、法定期限のある手続きでは損失の大きさが変わります。月額の費用と置き換えられた業務の数は、月次レビュー表の側で見ます。
本番にするときに決めること
本番化で決めるのは四つです。承認は、AIの出力を案として扱い、誰が内容を確定し、誰が外部へ出す可否を承認するかを業務ごとに書き分けます。形式の点検、根拠の照合、内容の承認は別の欄に分け、承認は所長かパートナーが行います。
記録は、入力した資料の種類、出力、修正の差分、確認した人を残します。顧客と関係者の個人情報を扱うため、個人情報の保護に関する法律の対象であることを前提に、保存先と保存期間を決めます。証憑の保存先を変えるときは、電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律の要件も合わせて確認します。
例外は、利益相反の疑いがある案件、守秘の範囲が判断できない資料、法令の該当が分かれる論点の三つを、その場で人へ戻す経路にします。利用ルールには、外部へ送ってよい項目の範囲、学習利用の設定、承認者の氏名を書きます。
よくある失敗はどこで起きるか?
入力可否を決めずに顧客の秘密を外部サービスへ入力する失敗は、工程2を飛ばした事務所で起きます。症状は、相談メモや証憑が個人のアカウントで入力され、どの秘密がどこへ送られたかを事務所として把握できない状態です。防ぎ方は、扱う情報を分類し、所内環境で扱う情報と外部サービスで扱う情報を分けた入力可否表を作ってから利用を認めることです。
AIが挙げた条文や判例を原文で確認せずに使う失敗は、工程3と工程4で候補の提示と根拠の確認を同じ工程にしたときに起きます。症状は、改正前の条文や存在しない判例が意見書や顧客説明に混ざり、レビューで見つからないまま提出されることです。防ぎ方は、調査に関わるAIの出力を候補の提示に限定し、法令名と条文番号は有資格者が原文で確かめてから使うと運用に書くことです。原文の該当箇所が示されない出力は使いません。
形式の点検の通過を内容の承認と混同する失敗は、本番化の後に増えます。症状は、誤字と様式の点検を通った草案がそのまま提出され、根拠の不備が後から見つかることです。防ぎ方は、点検、照合、承認を別の記録に分け、承認者の氏名を残すことです。
本メディアでは、比較表の採点をAIの出力のまま順位付けに使うことは勧めません。理由は、各社の規約の言い回しを同じ言葉に置き換える段階で、事務所にとって重い条件が軽く見えるためです。前提は、学習利用と保存場所が候補ごとに違うことです。候補がすべて同じ契約形態で、法人向けの同じ条件に揃っている場合は、この心配は外れます。
次の業務へ広げる条件
広げる条件は、指標が導入前を下回らない状態が続き、承認と記録が残っていることです。次の候補は、同じ帳票を使う隣の業務から選びます。申請書への転記を試したなら、次は受領資料の不足の確認で、どちらも必要資料一覧と案件フォルダを使います。
広げない方がよい場合もあります。止める合図は三つです。月次レビュー表に作業時間の記録が無い、担当外の案件の資料が検索で出る、入力可否表の更新が止まっている。どれかに当てはまるなら、範囲を広げずに整備へ戻します。


