ベテランの段取りをAIで標準書に起こすとき、急所は本人が書く
作業標準書を受け持つ技術課長・技術担当で、段取り替えを握るベテランの再雇用の期限が近づいている場合に当てはまります。
段取り替えを動画に撮ってAIに渡せば、作業標準書がひととおり仕上がるように思えます。ところが、締め付けを止める手応えや治具が座ったときの音は、映像には残りません。再雇用の期限が近いベテランほど、聞き取りに使える勤務日は残り少なくなっています。限られた日数の中で、何をAIに書かせ、何をベテラン本人に書いてもらうかが、この記事の問いです。

先に結論
ベテランの段取りは、撮影の日と聞き取りの日の2回に分けて標準書に起こします。AIに任せるのは音声の書き起こし、主なステップへの区切り、今の標準書との食い違いの一覧までで、急所の欄は空けたままにさせます。
急所とその理由はベテラン本人が自分の言葉で書き、食い違いの採否と教育に使う版の承認は技術課長が決めます。急所の欄が空いた手順は、下書きのまま新人の教育に回しません。
起こす作業は、再雇用の期限までに段取りを止められる回数の半分を上限にし、不良やヒヤリハットの記録に同じ作業名が繰り返し出る作業から並べます。
動画から書けるのは主なステップまで、急所は本人に聞く
作業分解シートの3つの欄のうち、動画の書き起こしから起こせるのは主なステップとその順番だけで、急所とその理由は本人の言葉からしか埋まりません。急所の欄を埋める材料は、段取りのたびにベテランが口にする「ここで止める」「この音なら座った」という一言の中にあります。材料のロットで送りを変える判断も、本人に聞かなければ標準書に載りません。
主なステップは、段取り替えを進める順に「何をするか」を短く書く欄です。急所はそのステップの成否を分ける所、けがにつながる所、やりやすくなるコツを書く欄で、急所の理由には「なぜそうするか」を書きます。
【説明用の架空の記入例】
図の要点:撮影の日から毎月の聞き直しまでの7つの時点を並べた時系列の図。撮影の日にベテランが手順の名前を声に出して段取りをこなし技術担当が撮る。翌日までにAIが音声を書き起こして急所の欄を空けたまま区切り、聞き取りの前に正本との食い違いを一覧にする。聞き取りの日にベテランが急所と理由を書き、翌週に技術課長が食い違いの採否を決め、承認の日に版番号と承認日を付ける。毎月、技術担当が新人の質問を手順別にまとめ、答えられない手順を聞き直す。
主なステップ
治具を基準面に当て、ボルト4本を仮締めする(動画の書き起こしからAIが区切った文)急所
対角の順に仮締めし、治具が座る「コツッ」という音がしてから本締めに移る(ベテラン本人の言葉)急所の理由
片側から締めると治具が浮き、1個目の寸法が外れるから(ベテラン本人の言葉)
急所と理由をAIに推測で書かせると、もっともらしい文が並びます。ベテランは直すより読み流す側に回り、中身の抜けがそのまま正本に残ります。急所の欄が空いている手順をAIに一覧にさせ、次の聞き取りで埋める使い方のほうが、抜けが残りません。
撮影と聞き取りを2回に分けて標準書に起こす
1つの作業は、撮影の日と聞き取りの日の2回に分けて標準書に起こします。急所とその理由は動画の外にあるため、2回目にベテラン本人が自分の言葉で書きます。
急所の欄が埋まらない手順は、次の聞き取りへ戻る
-
撮影の日
ベテランが手順の名前を声に出して段取りをこなし、技術担当が手元を撮る -
翌日まで
AIが音声を書き起こし、急所の欄を空けて主なステップに区切る -
聞き取りの前
AIが正本の標準書と下書きを並べ、手順の食い違いを一覧にする -
聞き取りの日
技術担当が動画を止めて問い、ベテランが急所と理由を書く -
翌週
技術課長が食い違いの採否を決め、急所が空いた手順を次回へ回す -
承認の日
技術課長が版番号と承認日を付け、文書管理台帳に載せる -
毎月
技術担当が新人の質問を手順別にまとめ、答えられない手順を聞き直す
図の流れは、ベテラン1人で段取りをこなす作業を前提にしています。2人がかりで大物のワークを据え付けるような作業は、三脚を2台にして両方の手元を撮り、聞き取りも2人の勤務日が重なる日に入れます。1人ずつ聞くと、声を掛け合う合図が手順から抜けます。
撮影と同じ日に聞こうとすると、ベテランは手を動かしながら答えることになり、言葉が「ここはこう」で止まります。聞き取りの日は、書き起こしと食い違いの一覧が手元にそろった後の勤務日に入れ、動画を一緒に止めながら聞くほうが、急所の言葉が出てきます。
撮影は、生産を止めずに手元が映る作業なら通常の段取りの時間に、止めないと映らない作業なら計画停止の日に合わせます。動画にはベテランの顔と声が残るため、何に使い、誰が見られる場所に置くかを撮る前に本人へ伝えます。
スマホは三脚で固定し、1本の動画に1つの作業だけを収めます。ベテランが手順の名前を声に出すと、書き起こしの区切りがそのまま手順の切れ目になります。
急所はベテランに手と耳の感覚を聞けば言葉になる
急所を言葉にするには、動画を止めた場面ごとに、手や耳が何を捉えているかを具体的に尋ねます。「段取りのコツを教えてください」とまとめて聞くと、答えが「慣れ」で終わることがあります。
- ここで手を止めるのは、何を見たとき、聞いたとき、感じたときか
- 締め付けを止める手応えや、治具が座ったときの音はどう変わるか
- 材料のロットや季節で、送りや順番を変えることはあるか
- 新人が最初にやる失敗はどこで、そのとき何が起きるか
- 昔ここで失敗したことはあるか、それ以来何を変えたか
音声はAIが文字にし、どの問いへの答えかを手順ごとに振り分けます。急所の欄に何を書くかは、振り分けた答えを読みながらベテランが決めます。技術担当が言い換えた文ではなく、本人の言い方を残すほうが、新人が現場で同じ手応えを探しやすくなります。音声から欄を起こして人が確定する形は、製造業の日報をAIで起こすときの確定の仕方と同じです。
ベテランが2人いて、答えが割れる問いもあります。同じ作業で、ロットによって順番を変える人と変えない人がいるような場合です。急所を書き足す前に、作業そのものを揃え直す対象として、技術課長が工程の見直しに回します。
食い違いは、標準書が古いのか癖なのかで直す側を決める
ベテランのやり方が正しく標準書が古いなら標準書を改訂し、ベテランが癖で手順を省いているなら、省き方の理由を確かめてから技術課長が決めます。書き起こしを今の作業標準書やQC工程表と並べると、締め付けの順番が逆、標準書に無い仮止めを挟んでいる、といったずれが出てきます。
並べる前に、技術担当が今の正本の版を1つに決めておきます。旧版と新版が同じフォルダにあると、AIは古い版との差まで食い違いとして並べます。
AIが食い違いとして挙げなかった手順も、ベテランの動画と正本を技術担当が突き合わせてから聞き取りに入ります。一覧に載らなかったことは、手順が一致している証拠になりません。
版を決めた標準書は、段取り替えの前に作業者が開いて読む側にも回ります。検索に載せる版と教育に使う版がずれないよう、正本の版を決めてから標準書を検索に載せる手順と同じ版を使います。標準書と技術文書の記事は技術文書・知識に、ほかの業務は製造業の記事一覧にあります。
新人の教育に使う版は技術課長が承認する
労働安全衛生規則第35条第1項は、労働者を雇い入れたときと作業内容を変更したときに、遅滞なく安全衛生の教育を行うよう事業者に求めています。教育の事項には「作業手順に関すること」が入っています。条文が定めるのは教育の事項で、どの手順書を使うかは書かれていないため、どの版で教えるかは社内の規程で決めます。
AIの下書きのまま教育に回すと、急所の欄が空いた手順書で新人が作業を覚えることになります。技術課長が版番号と承認日を付け、文書管理台帳に載せたものだけを教育に使います。段取りや治具を変えた日は、作業内容の変更に当たるかを確かめる日であり、標準書を改訂するかを決める日にもなります。
承認した標準書は、新人が一人で段取りをこなし始めてから試されます。班長は新人の質問を口頭で答えて終わらせず、どの手順の質問かを書き留めて技術担当に渡します。標準書で答えられなかった質問が多い手順ほど、急所の欄がまだ足りていません。
上限の数に収まる作業は、技術担当の聞き取りで回る
起こす作業が上限の数に収まるなら、聞き取りから承認までは技術担当と技術課長の手で回ります。上限は、再雇用の期限までにベテランの段取りを止められる回数から出します。
ものづくり企業が技能をつなぐ手立てで最も多いのは、再雇用や勤務延長で高年齢の従業員に働き続けてもらうことです(2026年5月の集計で54.8%)。ただ、再雇用で残ってもらうだけでは、急所は本人の頭の中にあるままです。
教える側の事情も重く、育成に課題を持つ製造業の事業所の45.4%が、課題の中身に「人材育成を行う時間がない」を選んでいます(2025年6月公表・複数回答)。再雇用で残るベテランの手を借りられる期間にも、再雇用の期限という締め切りがあります。
1作業に撮影と聞き取りで2回手を止めるなら、再雇用の期限までに止められる回数の半分が、標準書にする作業の数の上限です。期限の近いベテランほど止められる回数は先に尽きるので、技術課長は候補をこの数で切ります。
候補の上に来るのは、不良やヒヤリハットの記録に同じ作業名が繰り返し出る作業と、段取り替えのたびにそのベテランが呼ばれる作業です。辞めた後に代わりの人がいない作業も、上に置きます。
設備の更新や工程の変更が近いうち(たとえば半年以内)に決まっている作業は、今の段取りを撮るのに向きません。変わった後の段取りを撮るほうが二度手間になりません。突発停止のたびに呼ばれるベテランの知識は、標準書より故障履歴の検索から始める設備保全の記録に残すほうが合います。
道具は2通りあります。動画を読み込ませて手順を区切る手順書作成の専用ツールと、書き起こした文章を手元の生成AIで区切る方法です。起こす作業が数十にのぼり、現場の端末で動画ごと見せたいなら専用ツールが合います。数作業から始めて紙やPDFで配るなら、手元の生成AIで足ります。
上限を超える作業が残り、技術担当が聞き取りの日を取り切れない工場では、社外の顧問(AI顧問)に入ってもらい、候補の絞り方と道具の選び方を詰める形もあります。その場合も急所の欄を書くのはベテラン本人で、社外に任せられる仕事ではありません。
承認まで進んだ標準書にも、急所の欄が薄い手順は残ります。手がかりは新人の質問で、標準書で答えられなかった質問が多い手順ほど、技術担当がベテランに聞き直して急所を書き足します。同じ手順の質問がたとえば2か月続けて(何か月で戻すかは技術課長が決める)出た手順は、次の聞き取りの予定へ戻し、出なくなった手順から、次の作業の撮影日を入れていきます。
明日から始める3ステップ
担当 技術課長
ベテランごとに残りの勤務日から段取りを止められる回数を出し、2で割った数を上限に、標準書にする候補を並べる
次へ進む目安上限の数だけ候補が並び、1番目に起こす作業が決まった
担当 技術担当
1番目の作業の撮影日を段取り替えか計画停止の予定に入れ、三脚で手元を1作業1本で撮る
次へ進む目安書き起こしと正本との食い違いの一覧がそろい、聞き取りの日がベテランの勤務日に入った
担当 技術担当
承認した標準書で答えが見つからなかった新人の質問を班長から集め、月の終わりに手順別に数える
次へ進む目安同じ手順の質問がたとえば2か月続けて(何か月で戻すかは技術課長が決める)出た手順が、ベテランへの次の聞き取りの予定に載った
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作って試す・定着までAIエージェント開発AI顧問FDE型AI伴走支援
出典
- 労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)(第35条第1項・第35条第1項第3号) デジタル庁 e-Gov法令検索 確認日 2026.09.29
- 厚生労働省「2026年版ものづくり白書 概要」(令和8年5月)(ものづくり人材の能力開発の現状・技能継承を進めるために取り組んでいること) 厚生労働省 確認日 2026.09.29
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