この記事の要点
- ツール選定では、候補の条件を同じ項目に揃え、業務ごとの適合度を一次評価する工程までAIに任せられます。
- 標準にするツール、有料の範囲、入力してよい情報の線引きは経営者と情報システム担当が確定します。
- 本メディアでは、部門別の業務一覧が無い会社は比較表より先に棚卸し表を作るべきだと判断します。
卸売業は34万8889事業所、従業者数385万6785人の産業です。年間商品販売額は389兆3883億円にのぼります。事業所数と従業者数は令和3年6月時点、販売額は令和2年の1年間の値です。取扱商品点数と取引先数が多く、商品照会、見積、受注入力、入金消込が日次で回ります。選定を外したときの損失は三つの形で出ます。時間では、営業事務の日次作業が減らないまま検討だけが半年続きます。金では、全社一斉に結んだ月額が、使わない部門の分まで毎月出ていきます。リスクでは、入力してよい情報を決めないまま得意先別価格表や与信情報を貼り付ける事故が起きます。総務省の令和8年版情報通信白書では、生成AIを利用していると回答した企業の割合は日本で86.4%です。業務類型別の活用割合は「議事録・メール作成補助」が約7割で最も高く、「営業・販売」が約6割で続きます。使う会社が大半を占める以上、論点は「使うかどうか」から「どの工程に、どの条件で入れるか」に移っています。

ツール選定という業務は会社のどこにあるのか?
この業務の起点は導入検討の開始で、担当は経営者と情報システム担当です。入力は候補ツール一覧、利用部門の業務一覧、セキュリティ要件の三つ、出力は選定比較表と利用ルール案です。関わる部門は三つに分かれます。商品照会と見積を抱える営業・営業事務、発注と納期回答を管理する仕入、請求と入金消込を持つ経理で、求めるものが違います。
「どのツールが良いか決められないまま、半年が過ぎた」——商社・卸売の導入検討では、この止まり方が定番です。止まる理由は候補の情報が足りないことではなく、比較の相手になる業務一覧が社内に無いことにあります。経済産業省の令和6年度電子商取引に関する市場調査では、BtoB-EC化率は43.1%です。これは企業間取引全体の値で、卸売業だけの数字ではありません。それでも注文の受け口が電子と紙に割れている会社ほど、業務一覧の粒度が結果を左右します。
| 業務 | 頻度・トリガー | 担当 | 入力 | 出力 | 判断の有無 | 失敗したときの損失 | 使うシステム |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 生成AIツールを自社の業務で選ぶ | 導入検討の開始 | 経営者・情報システム担当 | 候補ツール一覧、利用部門の業務一覧、セキュリティ要件 | 選定比較表、利用ルール案 | あり(標準化と有料の範囲) | 現場が使わず月額だけ残る | 生成AIツール、基幹システム、情報管理規程 |
| 入力してよい情報の線引きを決める | 業務利用を認める前 | 経営者・管理部門 | 取り扱う情報の分類、既存の情報管理規程 | 入力禁止情報の一覧、利用ガイドライン | あり(範囲と違反時の対応) | 得意先別価格表や与信情報が社外へ出る | 社内ファイルサーバー、情報管理規程 |
| 効果を測り継続を決める | 導入から1か月後の月次会議 | 経営者・業務責任者 | 導入前の作業時間の記録、導入後の記録 | 月次レビュー表、継続・中止の判断記録 | あり(継続・拡張) | 効果を説明できず投資が止まる | 基幹システム、表計算ソフト |
この記事では、対象部門を営業・営業事務・経理の3部門、候補ツールを3〜5本、試用期間を2週間として置きます。部門数や候補数が違えば、以降の工程の量はそのままでは当てはまりません。
選定を着手から決裁まで8工程に割る
選定は一つの会議で終わる仕事ではなく、棚卸しから決裁まで順序のある8工程です。工程ごとに担当と使う帳票が変わり、詰まる場所も違います。次の表は、着手から決裁までを時系列で並べ、それぞれAIが引き受ける動作と、人が持ち続ける決定を分けたものです。
- 1業務を棚卸し表に書き出すAIと人
- 2候補ツールの条件を表に揃えるAIと人
- 3入力してよい情報を線引きするAIと人
- 4業務ごとの適合度を一次評価するAIと人
- 5試す1業務を絞るAIと人
- 6導入前のひと月を実測するAIと人
- 72週間の試用と修正を記録するAIと人
- 8標準ツールと利用ルールを決めるAIと人
AIが担える人が決める
1
業務を棚卸し表に書き出す
担当: 経営者・各部門責任者 / 使うもの: 部門ごとの業務一覧、基幹システムの処理件数 / 量・時間: 3部門で数十行・2週
- AIが解決すること
- 各部門から集めた業務メモと手順書の文章を、起点・入力・出力・担当の4項目に割り直して表の行に並べる
- 人が決めること
- 棚卸しに含める業務と行の粒度
- 詰まるところ
- 「受注処理」の一語で止まり工程に割れない
- 失敗したときの損失
- 粒度が粗いまま進み、どの候補も「できる」に見えて選べない
2
候補ツールの条件を表に揃える
担当: 情報システム担当 / 使うもの: 候補ツール一覧、各社の公開資料と利用規約、情報管理規程 / 量・時間: 候補3〜5本・数日
- AIが解決すること
- 各社の公開資料から、入力した内容の学習利用の有無、保存される場所、管理者が見られる範囲、課金の単位を同じ見出しに揃えて表の下書きにする
- 人が決めること
- 一覧に載せる候補の範囲と、自社要件への読み替え
- 詰まるところ
- 各社で説明の言葉が違い横に並ばない
- 失敗したときの損失
- 学習利用の設定を見落としたまま見積書を貼り付ける
3
入力してよい情報を線引きする
担当: 経営者・管理部門 / 使うもの: 情報管理規程、帳票一覧、得意先との秘密保持契約 / 量・時間: 打合せ1回と文書1本
- AIが解決すること
- 情報管理規程と帳票一覧を突き合わせ、入力禁止・伏せてから可・そのまま可の三段に仕分けた一覧を下書きする
- 人が決めること
- 三段の最終確定と違反時の対応
- 詰まるところ
- 「機密は入れない」で止まり帳票名まで下りない
- 失敗したときの損失
- 与信情報や得意先別価格表をそのまま貼り付ける
4
業務ごとの適合度を一次評価する
担当: 情報システム担当・各部門責任者 / 使うもの: 棚卸し表、候補ツールの条件表 / 量・時間: 数十行×候補3〜5本
- AIが解決すること
- 棚卸し表の各行を、文章の下書きか、帳票の読み取りか、基幹システムのデータ参照かに仕分け、候補ごとに適合・条件付き・不適合と理由を埋める
- 人が決めること
- 一次評価の採否と、基幹システム連携が要る行の扱い
- 詰まるところ
- 評価が担当者の印象で割れる
- 失敗したときの損失
- 全社導入の後に「受注入力は結局手作業」と分かる
5
試す1業務を絞る
担当: 経営者・業務責任者 / 使うもの: 棚卸し表、一次評価、件数と作業時間の記録 / 量・時間: 候補3業務から1業務
- AIが解決すること
- 候補業務ごとに件数、1件あたりの時間、判断の有無、誤りが見つかる時期を並べた比較の下書きを作る
- 人が決めること
- 最初に試す1業務と、当面は着手しない業務
- 詰まるところ
- 需要予測や与信から始めたくなる
- 失敗したときの損失
- 判断業務から始めて中止になり「AIは使えない」が社内に残る
6
導入前のひと月を実測する
担当: 業務責任者・営業事務 / 使うもの: 基幹システムの処理件数、担当者の申告時間、照会のメールと電話の記録 / 量・時間: ひと月分
- AIが解決すること
- 集めた件数と時間を業務別・担当者別に集計し、1件あたりの時間の一覧にする
- 人が決めること
- 記録の取り方と対象期間
- 詰まるところ
- 急ぎたくて実測を飛ばす
- 失敗したときの損失
- 効果を説明できず、継続の判断が印象論になる
7
2週間の試用と修正を記録する
担当: 試用担当の営業事務2〜3名 / 使うもの: 実データの照会メール、商品マスター、在庫と入荷予定、修正記録 / 量・時間: 2週間
- AIが解決すること
- 照会への回答文を根拠にした資料名とともに下書きし、担当者が直した箇所を修正記録として残す
- 人が決めること
- 送信前の確認と回答の確定
- 詰まるところ
- うまくいった例だけが報告される
- 失敗したときの損失
- 古い入荷予定を引いた納期回答が得意先に出る
8
標準ツールと利用ルールを決める
担当: 経営者 / 使うもの: 選定比較表、利用ルール案、実測と試用の記録 / 量・時間: 経営会議1回
- AIが解決すること
- 試用の記録を集計して比較表を更新し、入力禁止情報を反映した利用ルール案の文面を直す
- 人が決めること
- 標準にするツール、有料の範囲、例外の承認者
- 詰まるところ
- 部門ごとに別の契約が残る
- 失敗したときの損失
- 契約と線引きが部門ごとに割れ、管理できなくなる
図の見方は、色枠がAIの担う工程、灰色が人の確定する工程、二重の枠が分担する工程です。右上の小さな三角は失敗が起きやすい工程を指します。
AIで消える工程はありません。消えるのは工程2で候補の資料を1本ずつ読んで表の枠を手で作る時間と、工程4で評価欄を空欄から埋める時間です。短くなるのは工程1の棚卸し表の整形、工程4の一次評価、工程6と工程7の集計で、人の作業は「書く」から「直す」に変わります。新しく増えるのは確認の工程で、二つあります。AIが埋めた条件表と一次評価を情報システム担当が公開資料と照合する確認と、試用中の回答文を営業事務が送信前に見る確認です。
AIに任せる工程と人が確定する工程はどこで分かれるのか?
分かれ目は、その工程の成果物が「案」で済むか「確定」まで要るかです。案で済む工程はAIに渡せます。確定が要る工程は、責任の所在が人にあるため残ります。
| 観点 | 現状 | AI活用後 |
|---|---|---|
| 担当と人数 | 情報システム担当が1人で資料を読み比べる | 情報システム担当が下書きを確認し、各部門責任者が評価に加わる |
| 入力 | 各社の公開資料と営業担当からの説明 | 棚卸し表と公開資料を同じ項目に揃えた条件表 |
| 判断する場面 | 比較表を作りながら同時に選んでしまう | 一次評価の後に、試す1業務と標準ツールを別々に決める |
| 記録 | 会議の口頭合意で残らない | 選定比較表と利用ルール案、試用の修正記録が残る |
| 失敗時の影響 | 全社契約の後に使われず月額だけ残る | 試用の2週間で止められる |
人が確定し続ける範囲は三つです。第一に価格に関わる決定で、仕入価格の改定を販売価格へ反映する幅と適用時期は営業責任者と経営者が決めます。私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律は、価格協定や優越的地位の濫用を禁じています。AIが出した改定案を他社との価格調整の根拠にしない、という線引きを承認記録とともに残します。第二に輸出に関わる決定です。輸出する貨物や技術が規制対象かを確かめる該非判定は、外国為替及び外国貿易法に基づいて貿易担当が確定します。第三に与信で、取引先ごとの与信限度の設定と見直しは経理と営業責任者が持ちます。
なぜ効果の大きそうな業務から試してはいけないのか?
最初の1工程は三つの問いで決めます。判断を含むか作業か、データが電子で引けるか、誤ったときの損失がいつどこで見つかるか、の三つです。
商品マスターに品番、仕様、仕入先、価格、単位が揃っていないなら、受注登録の自動化より先に欠損と重複の調査を対象にします。マスターと一致しない注文を推測で登録すると誤出荷になり、損失は出荷した後に出るためです。FAX と手書きの注文が半数を超えるなら、読み取りの精度より、読み取れなかった注文を営業事務へ戻す経路を先に設計します。基幹システムから在庫、受注残、入荷予定を日次で取り出せないなら、納期回答の自動化は見送ります。取り出し方の確認を情報システム担当かベンダーに依頼する工程が先です。得意先別価格表が営業担当ごとのファイルに分かれているなら、見積の下書きより価格表の統合が先です。輸出取引があり該非判定を含む業務なら、AIの役割は条文と過去の判定記録を並べるところまでです。判定そのものは貿易担当に残します。
本メディアでは、需要予測と与信判断を最初の試用対象にすることは勧めません。理由は、得意先の内示と案件の確度を人が仕分ける工程を省くと予測が過大になり、滞留在庫という形で損失が数か月後に出るためです。前提として、内示の信頼度が得意先ごとに違い、案件情報が営業担当の手元にある会社を想定しています。案件の確度区分が基幹システムに登録済みで、過去の内示と実績の差が数字で残っている会社であれば、この判断は外れます。
対象業務の件数と作業時間を1か月分も測っていない会社は、試用を始めない方がよいと考えます。導入前の値が無ければ、2週間後に出た結果が改善なのか誤差なのかを誰も判定できず、継続の議論が印象論になるためです。この場合に先にやることは、ツールの契約ではなく、照会と受注入力の件数を数えることです。
2週間の試用で測る3指標と、費用はいくらで見るか?
試用は会社としての進め方を決める作業で、次の6段で回します。
- 対象を1業務に絞り、試用担当を営業事務2〜3名に決め、期間を2週間で固定します。延長は最初から認めません。
- 導入前のひと月分の件数と1件あたりの時間を先に記録します。記録が無いまま始めないという条件をここで満たします。
- 実データで回します。作り込んだ見本ではなく、実際に届いた商品照会と在庫・納期の照会を使います。
- 直した箇所を修正記録に残します。うまくいった例ではなく、直した例を集めることが目的です。
- 1週目の終わりに、修正の多い型だけを直します。ツールを替えるのはこの時点ではしません。
- 2週目の終わりに3指標を導入前と比べ、継続か中止か対象変更かを経営会議で決めます。
測る3指標は、照会1件あたりの回答までの時間、回答の修正と差し戻しの件数、誤りが見つかる時期の三つです。三つ目が要点です。誤りが送信前に見つかるのか得意先からの指摘で見つかるのかで、本番化のときに残す確認工程の重さが変わります。合否の基準は開始前に決めます。修正件数が導入前の差し戻しを下回らなければ継続しない、という形が扱いやすい基準です。
費用は三つの費目で見ます。ツールの月額は、課金の単位が利用者数か使用量かで総額の伸び方が変わります。試用の人数と本番化したときの人数の両方で置きます。内部の工数は、棚卸しと実測と修正記録に人が使う時間で、試用期間中はむしろ増えます。整備の費用は、商品マスターの欠損調査や得意先名と振込名義の対応表づくりなど、AIより前に要る作業です。本メディアでは、全社一斉の契約より、1業務・2週間の試用を先に置くことを勧めます。理由は、使われない月額は止めにくく、契約後に現場が使わない状態が最も戻しにくいためです。
本番にするときに決めること
本番化で決めるのは承認、記録、例外の三つです。承認は工程ごとに確定者を名指しします。照会回答の確定は営業事務、見積の提出は営業担当、価格改定の適用は営業責任者と経営者、該非判定は貿易担当です。AIの出力に確定者の名前が付かない工程を残しません。
記録は、入力した内容、AIが出した案、人が直した差分、確認者の四つを残します。差分が残っていれば、翌月の月次レビュー表で「どこを直し続けているか」が見え、指示の型を直す対象が決まります。
例外は、人へ即時に渡す条件を先に書きます。人へ回す条件は四つです。商品マスターと一致しない品番を含む注文、更新日時が古い入荷予定しか無い納期照会、クレームや返品の連絡、輸出の問い合わせです。更新が止まったデータでは回答を出さないという条件を入れておくと、古い入荷予定を引いた誤回答が減ります。
導入の入口で起きやすい失敗と、その防ぎ方
商品マスターの欠損を調べないまま受注登録の自動化から始めると、注文書の読み取りは動いても品番が一致しません。確認待ちが増え、担当者が推測で登録して誤出荷になります。防ぎ方は、欠損と重複と表記ゆれの調査を最初の対象にすることです。マスターと一致しない注文は登録を保留し、営業事務が確認する工程を残します。
仕入先の納期回答が管理表に反映されないまま納期照会をAIに任せると、回答が実際の入荷より早くなります。得意先への再連絡と謝罪が続きます。防ぎ方は、納期回答の抽出と管理表の更新を先に片づけ、更新日時が古いデータでは回答を出さない条件を入れることです。
得意先名と振込名義の対応表を作らずに入金消込を自動化すると、消込率が上がらず、未消込一覧の確認に経理の時間が取られ続けます。防ぎ方は、対応表を作って照合の条件に加え、差異の扱いと得意先への確認は経理が判断する形にすることです。
価格改定案の扱いも入口の失敗になります。AIが出した改定案をそのまま同業や得意先への説明の根拠に使うと、独占禁止法上の疑念を招きます。改定幅、適用時期、例外は営業責任者と経営者が決めて承認記録を残します。AIの提示内容を他社との調整の根拠にしない、という一文を利用ルールに入れます。


