この記事の要点
- 卸売の営業事務が朝いちばんに行うFAX・メール注文の基幹システム入力は、注文書の読み取りと商品マスター照合をAIに渡すと「AIが受注データの下書きを作る」「営業事務は一致しなかった行だけを見る」流れに変わります。
- 転記の段階が消え、代わりに保留行の確認という段階が一つ増えます。
- 不一致品番の確定、納期の約束、値引の適用、出荷保留の判断は人に残ります。入力にかかる時間は自社で導入前後を測って確かめます。
定義対象は、卸売会社・専門商社の営業事務が、FAX・メール・電話で届いた注文書を基幹システム(販売管理)の受注画面へ登録する業務です。
この記事が扱う業務と読む人
対象は、卸売会社・専門商社の営業事務が、FAX・メール・電話で届いた注文書を基幹システム(販売管理)の受注画面へ登録する業務です。読む人は、営業部長、業務部・営業事務の責任者、経営者を想定します。EDIやWeb受注で届く注文はこの業務の外なので、記事では入口の一つとして触れるだけにします。
- 担当:営業事務。得意先の担当営業が内容確認に入る
- トリガー:注文の受信。朝の受信分と、出荷締め時間の直前に届く追加注文の二つの山がある
- 入力:得意先様式の注文書(FAXの紙またはPDF)、注文メールの本文と添付、電話メモ、商品マスター、得意先マスター、得意先別価格表、在庫と入荷予定
- 成果物:基幹システムの受注データ1件と、確認が必要な注文の一覧
- 関わるシステム:基幹システム(見積・受注)、複合機とFAX受信フォルダ、代表メールアドレス、得意先別価格表、注文請書のテンプレート
- 後工程:倉庫への出荷指示、納品書、請求と入金の消込
- 例外:手書きの追記、得意先独自の品番、旧品番での発注、単位違い(ケースとバラ)、納品先の指定変更、締め後の数量変更
経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」によると、2024年のBtoB-EC化率は43.1%です。これは企業間取引全体の比率で、卸売業だけの値ではありません。裏を返せば、企業間の受発注の半分以上は電子データ交換の外側にあり、注文書を人が読んで転記する工程が残っています。この工程は判断をほとんど含まず毎日発生するため、AIを最初に当てる対象として扱いやすい業務です。

いまの受注入力の流れ(現状)
FAXと注文メールが混在し、基幹システムへは営業事務が手入力している会社を前提にします。所要時間は取扱品目数と得意先数で変わるため、数値は置かず計測すべき箇所として示します。
- 注文を受け取る
– 担当:営業事務
– 入力:複合機に届いたFAX、代表メールの添付と本文、電話メモ
– 出力:紙の束と未読メール
– 判断:なし
– 所要:受信は短い。入口が三つに分かれる分、確認の往復が生まれる - 得意先と出荷日で仕分ける
– 担当:営業事務
– 入力:注文書の宛名・得意先コード・希望納期
– 出力:当日出荷分と翌日以降の山、緊急便の抜き出し
– 判断:どれを先に入力するか(締め時間からの逆算)
– 所要:注文件数に比例。自社で計測する - 品番を商品マスターと突き合わせる
– 担当:営業事務
– 入力:注文書の品名・品番、商品マスター、得意先品番の対応表
– 出力:自社品番に置き換えた明細
– 判断:得意先の略称・旧品番・シリーズ名がどの自社品番を指すか
– 所要:この業務の時間の中心。導入前にここを測る - 在庫と入荷予定を引く
– 担当:営業事務
– 入力:基幹システムの在庫、入荷予定、配送リードタイム
– 出力:出荷可否と納期の見込み
– 判断:欠品時に分納するか、代替品を提案するか
– 所要:品目数に比例 - 基幹システムへ受注入力する
– 担当:営業事務
– 入力:得意先コード、自社品番、数量、単位、得意先別価格表の単価、納品先、希望納期
– 出力:受注データ
– 判断:価格表と注文書の単価が違うときにどちらを採るか
– 所要:明細行数に比例。段階3と並んで時間が集中する - 確認が必要な注文を問い合わせる
– 担当:営業事務、担当営業
– 入力:判読できない品番、単位が不明な数量、前回と違う納品先
– 出力:得意先への確認連絡と回答
– 判断:確認せずに進めるか、出荷を保留するか
– 所要:相手の都合に左右される。締め時間を越えると翌日出荷になる - 注文請書を返し、注文書を保存する
– 担当:営業事務
– 入力:受注データ、注文書の原本(紙・PDF・メール本文)
– 出力:注文請書または受注確認の返信、保存された取引データ
– 判断:電子で受け取った注文を電子帳簿保存法の要件を満たす形で保存できているか
– 所要:短い。ただし保存先が人によって違うと後で探せない - 倉庫へ出荷指示を回す
– 担当:営業事務
– 入力:確定した受注データ
– 出力:ピッキングリスト、出荷指示
– 判断:締め時間に間に合わない行を翌日へ回すか
– 所要:短い。段階6の遅れがそのままここに出る
時間が消えるのは段階3と5です。同じ情報を、注文書から目で読み、頭で自社品番に置き換え、キーボードで打ち直しています。一度書かれた情報を二度扱う構造が、件数に比例して時間を積み上げます。
失敗が起きるのは段階3と6です。得意先の略称や旧品番を推測で自社品番に当てると、似た品番の別商品が出荷されます。誤出荷は返品・再出荷・請求訂正まで波及し、入力を1分短縮した効果を一件で打ち消します。段階6は、確認が締め時間を越えると当日出荷が落ち、得意先から見れば納期遅れになります。
もう一つの失敗は、段階1の入口が三つに分かれたままであることです。FAXは複合機、注文メールは代表アドレス、電話は担当者の手元にあり、「その注文は誰が持っているか」が分からない時間が生まれます。
AI活用後の同じ受注入力
文字認識(注文書の読み取り)と文書生成AI、それに商品マスターとの照合を組み合わせた形です。段階番号は現状と同じにし、消える段階と増える段階を明示します。
- 注文を受け取る(入口を一つにする準備)
– AIが受け取るもの:PDF化されたFAX、注文メールの添付と本文
– AIが返すもの:受信した注文の一覧(得意先、受信時刻、ページ数、未処理か処理済みか)
– 人が確認すること:電話注文は人が注文メモを同じ受信箱へ入れる。ここを崩すとAI側から見えない注文が残る - 得意先と出荷日で仕分ける(AI)
– AIが受け取るもの:注文書の画像・テキスト、得意先マスター
– AIが返すもの:得意先コード別・希望納期別に並べ替えた一覧、締め時間に対する残り時間
– 人が確認すること:緊急扱いの指定が拾えているか - 品番・数量・納品先を抽出して照合する(AI)
– AIが受け取るもの:注文書の明細、商品マスター、得意先品番の対応表、過去の受注実績
– AIが返すもの:自社品番に置き換えた明細の下書き、一致しなかった行の一覧(読み取った文字列、候補品番、確からしさ)
– 人が確認すること:この段階では何もしない。確認は段階6にまとめる
– 推測で品番を埋めない設定にする。一致しない行が残ることが正しい動作 - 在庫と入荷予定を引く(AI)
– AIが受け取るもの:抽出した品番と数量、基幹システムの在庫と入荷予定、配送リードタイム
– AIが返すもの:出荷可否と納期候補、欠品行の代替品候補
– 人が確認すること:参照した在庫・入荷予定の更新日時。データが古い日は納期候補を出さない条件を入れる - 受注データの下書きを作る(AI)
– AIが受け取るもの:段階3と4の結果、得意先別価格表
– AIが返すもの:基幹システムに取り込める形式の受注明細(得意先コード、品番、数量、単位、単価、納品先、希望納期)。価格表と注文書の単価が違う行には印を付ける
– 人が確認すること:最初は取込をせず、下書きを画面で見るところから始めてよい - 保留行と価格差異を確認して確定する(人。新しく増える検証)
– AIが受け取るもの:営業事務が直した内容
– AIが返すもの:直した内容を得意先品番の対応表へ追加する候補
– 人が確認すること:一致しなかった品番、単位(ケースとバラ)、納品先の変更、価格表と違う単価、過去の実績と大きく違う数量 - 注文請書を返し、注文書を保存する(AIが下書き)
– AIが受け取るもの:確定した受注データ、注文書の原本
– AIが返すもの:注文請書の下書き、取引年月日・取引先・金額で検索できる索引
– 人が確認すること:保存方法が電子帳簿保存法の要件を満たすかは経理が判断する。AIの索引だけで要件を満たしたとは見なさない - 倉庫へ出荷指示を回す(変わらない段階)
– AIは関与しない。人が確認するのは締め時間に対する未確定行で、段階6が早く終われば当日出荷に載る行が増える
例えば、得意先の様式で「ABC-100 10c/s」と書かれた行があるとします。AIは自社品番の候補と「c/s=ケース」の解釈を並べ、確からしさが低ければ保留行に回します。営業事務はその行だけを見てケース入数を確認し、確定した内容は得意先品番の対応表に追加されます。この例は仮想のもので、特定の会社の注文ではありません。
現状とAI活用後の比較
| 観点 | 現状 | AI活用後 |
|---|---|---|
| 担当と人数 | 営業事務が受信・仕分け・照合・入力・確認を通しで行う。繁忙期は営業が手伝う | 抽出と照合と下書きはAI。営業事務は保留行の確認と確定に集中する |
| 入力するもの | 紙のFAX、メール添付、電話メモ、商品マスター、価格表、在庫 | PDF化した注文書、得意先品番の対応表、商品マスター、価格表、在庫と入荷予定の更新日時 |
| 手順の数 | 8段階。うち段階3と5が手作業の中心 | 段階3と5がAIに移り、段階6が確認の段階に変わる。人が手を動かすのは実質3段階 |
| 所要時間の目安 | 未計測。段階3と5の合計を導入前にひと月分、注文件数とともに記録する | 同左。同じ担当・同じ得意先群で導入後を測る。差は自社で計測する |
| 判断する場面 | 品番の読み替え、単位の解釈、欠品時の分納、確認の要否、価格差異の扱い | 保留行の確定、単位と納品先の確認、価格差異の適用可否、出荷保留の判断 |
| 使うシステム | 複合機、代表メール、基幹システム、価格表(Excel) | 上記に加えて文字認識、文書生成AI、得意先品番の対応表、受注データの取込 |
| 失敗したときの影響 | 品番の読み違いが誤出荷になり、返品・再出荷・請求訂正まで波及する | 保留行を確認せず確定すると同じ誤出荷が起きる。確認を飛ばせる運用にしないことが前提 |
| 記録に残るもの | 基幹システムの受注データのみ。読み替えの経緯は残らない | 注文書の原本、読み取り結果、保留行、修正内容、確定者と確定時刻 |
| 属人化の度合い | 得意先ごとの癖が担当者の記憶にあり、休むと入力が止まる | 読み替えの癖が対応表として残り、担当が代わっても同じ結果になる |
変わらないこと(人が決める範囲)
- 不一致品番の確定。品番の取り違えは誤出荷に直結し、責任は出荷した自社にあります。AIは候補と確からしさを出すところまでで、どの品番として受けるかは営業事務が決めます。
- 納期の約束。納期は契約上の債務で、在庫と入荷予定のデータが正しい保証もありません。AIの納期候補は下書きとして扱い、得意先に伝える納期は担当営業が決めます。
- 価格と値引の適用。販売価格と取引条件の決定は自社が行う領域です。AIが価格表と注文書の差異を示しても、どちらを適用するかは営業責任者が判断し、記録を残します。
- 出荷保留の判断。与信限度を超える注文、過去の実績と大きく違う数量、初めての納品先は、出荷を止めて確認する場面です。AIは異常の指摘まで、止めるかどうかは営業責任者が決めます。
- 取引データの保存が法令の要件を満たすかの判断。電子で受け取った注文書の保存は電子帳簿保存法の対象で、真実性と検索の要件を満たす必要があります。索引の作成をAIに任せても、要件の充足は経理が確認します。
実装の型
- トリガー:注文が受信箱に入った時点。FAXはPDF化して注文専用の受信箱に集め、注文メールの転送ルールも同じ箱へ向ける。電話注文は営業事務がメモを同じ箱へ入れる運用を業務部の責任者が決める。
- 元データ:注文書のPDFとメール本文、商品マスター、得意先マスター、得意先品番の対応表、価格表、在庫と入荷予定。対応表が無い会社は、直近の受注実績から得意先品番と自社品番の組を抜き出して初版を作る。
- AI処理:注文書から得意先・品番・数量・単位・納品先・希望納期を抽出し、商品マスターと対応表に照合する。一致しない行は保留にし、推測で埋めない。価格表と単価が違う行には印を付ける。
- 検証:営業事務が保留行と印の付いた行だけを見る。見る項目は品番・数量・単位・納品先・単価の五つに固定し、確認画面で原本の該当箇所を並べて表示する。
- 例外の扱い:手書きの追記が多い注文書、読み取りが崩れた日、AIが応答しない日は、従来どおり基幹システムへ直接入力する。戻し方を1枚の手順にしておく。締め後の数量変更は取込の対象から外す。
- 人の承認:営業事務が確定し、基幹システムへ取り込む。初期は下書きを画面で確認するだけにして、修正率が落ち着いてから取込に進める。
- 記録先:注文書の原本、読み取り結果、保留行、修正内容、確定者と確定時刻を保存する。確定後の受注データだけを残すと、誤出荷が起きたときに原因の段階を特定できない。
- 効果測定:導入前にひと月、導入後にひと月、同じ担当・同じ得意先群で「注文1件あたりの入力時間」「手入力した明細行数」「保留行の件数と修正率」「入力誤りによる出荷ミス件数」「締め時間に間に合わなかった行数」を記録する。業務部の責任者が月次で見る。
前提条件・費用の考え方・リスク
先に着手するのは、商品マスターと得意先品番の対応表です。品番の欠損・重複・表記ゆれが残ったまま受注の取込を始めると、読み取りは動いても照合が通らず、保留行が積み上がって従来より確認が増えます。本メディアでは、マスターの欠損と重複が多い会社は、受注の自動化より先にマスター整備を最初の対象にすべきだと判断します。前提は「注文の明細行の多くが既存の取扱品である」ことで、毎回が新規品番の商社には当てはまりません。
費用は次の項目に分けて考えます。金額は取扱品目数、得意先数、基幹システムの連携方法で変わるため、ここでは置きません。
- ライセンス:文字認識と文書生成AIの利用料。注文書の枚数で決まることが多い
- 設計:抽出する項目の定義、照合ルール、保留の条件、確認画面、例外時の手順
- 連携:受注データを基幹システムへ渡す方法。CSV取込から始める
- 検証:読み取り精度と修正率の計測、対応表の育成
- 運用:得意先様式が変わったときの調整、担当交代時の引き継ぎ
リスクは三つです。誤出力は、品番の誤照合と単位の取り違えが受注データに残ることで、対策は保留行を確認するまで確定できない運用です。情報漏えいは、注文書に含まれる得意先名・納品先住所・単価が外部サービスへ送られることで、対策は送る項目の範囲を決め、学習利用の有無を契約と設定で確認することです。依存は、AIが止まった日に受注が止まることで、対策は直接入力への戻し方を用意しておくことです。
AIを入れない方がよい会社もあります。注文の大半がすでにEDIやWeb受注で届いている会社、1日の注文件数が少なく営業事務が片手間で終えている会社、商品マスターの品番体系がこれから変わる予定の会社です。この状態で受注取込を足すと、確認の段階だけが増えます。先に入口の集約とマスターの整備を済ませ、件数が読める状態にしてから判断します。
最初の90日
- 30日:現状の計測とマスターの点検。営業事務1人・得意先10社ほどを選び、注文件数、明細行数、段階3と5の時間、出荷ミス件数をひと月記録する。同時に商品マスターの欠損・重複を調べ、得意先品番の対応表の初版を作る。見る指標は記録の抜け日数と、対応表で埋まった品番の割合。
- 60日:小さく試す。同じ得意先群の注文書で抽出と照合を動かし、受注データは取り込まず画面で見るだけにする。保留行の件数と修正率、読み取りが崩れた様式を記録する。見る指標は修正率の推移と様式別の崩れ。
- 90日:取込と範囲の判断。修正率が落ち着いた様式に限って基幹システムへの取込を始め、業務部の責任者が広げるか、対象を入れ替えるか、マスター整備に戻るかを決める。成果物は導入前後の比較表と判断メモ。見る指標は入力時間の差、出荷ミス件数、締め時間に間に合わなかった行数。
卸売業は令和3年経済センサス‐活動調査で34万8889事業所が計上され、産業小分類の上位3区分(産業機械器具、建築材料、食料・飲料)で事業所数の30.1%を占めます。扱う商材が違えば注文書の様式も品番体系も違うため、他社の例を当てはめるより、自社の注文書を30枚ほど並べて様式の種類を数えるほうが、90日の設計は早く決まります。
出典
- 経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」 経済産業省 確認日 2026.09.22
- 総務省・経済産業省「令和3年経済センサス‐活動調査 産業別集計(卸売業,小売業に関する集計)結果の概要」 総務省統計局 確認日 2026.09.22
- 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律(電子帳簿保存法)e-Gov法令検索 e-Gov法令検索 確認日 2026.09.22


