この記事の要点
- 在庫データの集計、滞留候補の抽出、処分候補の下書きはAIに渡せます。
- 滞留とみなす期間、例外品番の扱い、値引の幅と返品交渉は人が決めます。
- 本メディアでは、値引と廃棄の判断まで機械に渡すことは勧めません。
棚の奥に積まれたまま、半年も伝票が立っていない品番がある。金額を聞かれてすぐ答えられないので、在庫会議は毎回「来月あらためて」で終わります。洗い出しが重いほど、滞留が見えるまでの期間は伸びます。
重いのは集計そのものではなく、集計と判断が一つの作業にくっついていることです。動かない在庫をAIに拾わせる前に、洗い出しを工程へ割ります。割らずに「在庫をAIで分析する」と決めると、季節商品や保守部品まで処分候補に流れます。
動かない在庫は、いつ・誰の手元で見つかるか?
対象は、卸売会社と専門商社の商品担当が月次または四半期に行う洗い出しです。動いていない品番を拾い、処分の方針を決めるところまでを扱います。発注量の決定と需要予測は前工程、ピッキングと出荷は別工程なので、この記事では触れません。
棚卸しの単位で書くと、こうなります。起点は月次の在庫締め後、または四半期の在庫評価の前で、決算期の棚卸後に臨時でも走ります。担当は商品担当、金額の大きい品番は経営者が方針を決めます。入力は在庫データ(品番・数量・棚番・ロット)、最終出荷日、販売実績、仕入価格、受注残、仕入先との返品条件です。出力は滞留在庫の一覧と、品番ごとの処分・販促の候補です。使うのは基幹システムまたは倉庫管理システム、棚卸表、ロット管理表、在庫分析用のExcelです。
例外は先に決めます。季節商品、保守部品、得意先の指定在庫や預かり在庫、長納期品の先行手配分、ロット違いで棚が分かれた同一品番です。品番数と倉庫数で時間が変わるため、この記事では数値を置かず、測る単位だけを示します。
総務省・経済産業省「令和3年経済センサス‐活動調査」では、卸売業の年間商品販売額は389兆3883億円、事業所数は34万8889事業所です(販売額は令和2年1年間、事業所数は令和3年6月1日現在)。扱う商材で動き方はまったく違うため、滞留の判定期間を他社から借りることはできません。自社の品番がどの期間で止まるかを、在庫データから出すところが出発点です。

在庫データの取り出しから方針の記録まで、8工程に割る
洗い出しは「Excelを作る仕事」ではありません。時系列に並べると、担当も帳票も違う8つの工程が出てきます。まず担当・帳票・量・詰まる点を見ます。
| 工程 | 担当 | 使う帳票・システム | 量・時間(測る単位) | 詰まる点 |
|---|---|---|---|---|
| 1 在庫データを取り出す | 商品担当 | 基幹システム、倉庫管理システム | 出力と貼り付けの時間 | 締め処理の前後でずれる |
| 2 最終出荷日と販売実績を突き合わせる | 商品担当 | 出荷履歴、品番別の販売実績 | 品番数に比例する時間 | 同じ商品が複数品番に割れる |
| 3 滞留の線引きを当てる | 商品担当 | 社内の滞留基準、商材分類 | 再集計した回数 | 商材ごとに基準が違う |
| 4 例外品番を外す | 商品担当 | 季節商品の区分、保守部品の対象表 | 外した品番の数 | 記録が無く記憶と電話で当てる |
| 5 仕入価格を当てて金額にする | 商品担当 | 仕入価格、在庫数量 | 単価が欠けた品番の数 | どの単価を使うかが決まらない |
| 6 処分候補を仕分ける | 商品担当 | 得意先別の販売実績、返品条件の記録 | 品番数に比例する時間 | 経緯が担当の記憶にある |
| 7 在庫会議の資料にまとめる | 商品担当 | 前回の会議資料 | 作り直した回数 | 見せる粒度が決まらない |
| 8 方針を決めて実行し記録する | 経営者・営業責任者・商品担当 | 会議資料、処分の記録 | 保留のまま繰り越した件数 | 保留が翌月へ流れ続ける |
同じ8工程を、AIと人の受け持ちで見直したのが次の表です。空欄はありません。AIを入れない工程には、その旨を書いています。
| 工程 | AIが解決すること | 人が決めること | 失敗したときの損失 |
|---|---|---|---|
| 1 | 対象倉庫と区分で絞った在庫表を定期に作る | 出力日時が締めの前か後か | 古い在庫で会議が進む |
| 2 | 品番ごとの最終出荷日・直近の出荷回数・消化期間を並べる | 同じ商品が割れていないか | 滞留でない品番が候補に混ざる |
| 3 | 分類ごとの判定と、条件を変えたときの件数と金額の振れ幅を示す | 何か月で滞留とみなすか | 基準が緩く一覧が空になる |
| 4 | 同じ時期だけ出荷されている品番を例外候補として挙げる | 例外の採否と区分の登録 | 保守部品を処分し次の需要期に欠品する |
| 5 | 品番別・分類別・仕入先別の滞留金額と前回からの増減を出す | 使う単価の種別 | 金額が過大に出て判断が歪む |
| 6 | 販促・値引・返品・廃棄の候補と、選んだときの金額の影響を並べる | 候補の採否 | 返品交渉の失敗で仕入先との関係が痛む |
| 7 | 金額上位・前回から動かない品番・繰越の品番を一覧にする | 会議で見せる粒度 | 会議が形だけになる |
| 8 | 品番ごとの方針・決定者・期限を記録し、期限切れを示す | 値引の幅、返品の依頼、廃棄の実行 | 保留の先送りが記録に残らない |
図の見方は、色枠がAIの担う工程、灰色が商品担当や経営者が確定する工程、二重枠がその両方です。右上の小さな三角は、失敗が起きやすい工程を指しています。
AIで消える工程は1と5です。同じデータを毎月取り出して貼り、同じ単価を当て直す作業がなくなります。
短くなる工程は2・3・7です。突合・判定・資料が先に出た状態から会議が始まります。
新しく増える確認工程は4です。例外候補を見て、区分を在庫マスターへ書き戻す時間が毎月要ります。
集計をAIに渡し、値引と返品の交渉は人が持つ
工程に割ると、渡してよい仕事の性質が見えます。集める・突き合わせる・並べるは作業なのでAIへ、みなす・認める・交渉するは判断なので人に残ります。
境目で効くのは工程6です。仕入先への返品は、こちらの都合で在庫を戻す交渉になります。下請代金支払遅延等防止法は、委託の内容によって返品や減額の扱いを定めており、適用される取引かどうかは契約と発注の形で変わります。独占禁止法は優越的地位の濫用を禁じています。AIが出せるのは候補と金額の影響までで、交渉するかどうかは仕入担当と購買責任者が決めます。
値引販売も同じ構造です。値引の幅は粗利と得意先との価格の経緯に効くため、営業責任者の承認から外せません。在庫を早くはかせたいという理由だけで幅を広げると、同じ商品の通常価格が説明できなくなります。
着手するのは最終出荷日と実績の突合です
着手する1工程は、3つの問いで選びます。判断か作業か、データが電子で揃っているか、失敗したときの損失がどれくらいか。この3つで工程2が残ります。
工程2は作業です。出荷履歴と販売実績は基幹システムから品番単位で引けて、誤っても候補が増えるだけで処分の前に気づけます。反対に工程4は、例外を外し損ねると次の需要期の欠品に直結するため、人の確認を残したまま範囲を広げます。工程8はそもそもAIに渡しません。
商工中金「中小企業の生成AIの利用にかかる調査(2026年1月調査)」は、導入後の課題として「活用場面が不明」35.6%、「推進する人材がいない」32.0%を示しています。在庫の分析は入口が広く、どこから手を付けるかで迷いやすい領域です。工程2という着手先を先に決めておけば、分析の対象を広げる議論に時間を取られません。
2週間で測るのは滞留金額ではない
試行は5つの段で足ります。長い手順書は要りません。
- 倉庫を1か所、商材分類を1つに絞ります。導入前のひと月分として、洗い出しにかけた時間、例外として外した品番の数、保留のまま繰り越した品番の数を記録します。
- 商材分類ごとの滞留判定期間を、商品担当が文字で決めます。決めずに始めると、条件を変えるたびに議論が戻ります。
- 季節商品・保守部品・指定在庫の区分を在庫マスターへ入れます。区分が無いなら、この2週間の対象からその分類を外します。
- 工程1・2・5・7をAIに任せ、商品担当が例外候補と単価欠損の2点だけを見ます。単価が欠けた品番は推測で埋めず、金額から外します。
- 2週間後に同じ3つの数字を並べ、経営者が対象を広げるか判定期間を直すかを決めます。合否の線は開始前に引きます。
3つの数字は、時間・誤り・発見時期に対応します。洗い出しの時間が時間、例外として外した品番の数が誤り、繰り越した品番の数が先送りの量です。滞留金額そのものは処分の実行で動くため、2週間では仕組みの評価になりません。
本番の設計では承認・記録・例外を先に文字にする
承認は、工程8で経営者と営業責任者が方針を確定する形から動かしません。値引の幅、返品の依頼、廃棄の実行は、金額の区切りごとに誰が決めるかを一覧にします。AIが出した候補をそのまま実行する経路は作りません。
記録は、判定に使った条件、例外として外した品番と理由、算定に使った単価、決めた方針と決定者、期限、実行した結果の6つを残します。方針だけを残すと、次の月に同じ品番が同じ理由で上がってきたときに、前回何を見て保留にしたのかが読めません。
例外は先に文字にします。得意先の指定在庫と預かり在庫、契約で供給義務のある保守部品、ロット違いで棚が分かれた同一品番は、一覧から外して別表で見ます。判定条件を変えた月は、変える前の件数と金額を並べて残します。
例外を外さずに処分へ回した会社で起きること
起きやすい失敗は、季節商品と保守部品が滞留として上がり、そのまま値引販売や廃棄に回ることです。原因は、区分が在庫マスターに入っておらず、判定が最終出荷日だけで走ったことです。防ぎ方は、区分の登録を試行の前に済ませ、区分が付いていない品番は例外候補として人に見せることです。
もう一つは、逆に例外の範囲が広がり、滞留一覧がほとんど空になることです。外した品番と理由を毎月残していないと、誰も広がりに気づけません。外した数を指標として並べると、翌月に効きます。
本メディアでは、処分の判定を自動で確定させることは勧めません。値引と返品と廃棄はいずれも取引先との関係と法令の適用に触れ、誤りが金額だけでは戻らないためです。前提は、仕入先との返品条件が契約で決まっていることです。返品を受ける約束が無い仕入先だけを相手にしているなら、候補の提示を廃棄と販促に絞る形に変えます。
本メディアでは、ハンディ端末やバーコードで入出荷が記録されていない倉庫は、在庫分析より先に記録の仕組みを入れるべきだと判断します。理由は、最終出荷日が実態とずれていると、滞留候補そのものが信用できないためです。前提は、棚番とロットが在庫データに入っていることです。取扱いが数十品番で棚が目で追えるなら、記録の整備より先に洗い出しから入っても構いません。
滞留在庫にAIを入れない方がよい条件
同じ商品が複数の品番で登録されたままなら、商品マスターの名寄せが先です。在庫が二つに割れていると、どちらも動いていないように見えます。仕入価格がマスターに揃っていないなら、金額化の工程で止まるので単価の整備が先です。季節商品と保守部品の区分が無いなら、区分を作るところまでを最初の仕事にします。
総務省「令和8年版 情報通信白書」では、何らかの業務で生成AIを利用していると回答した割合は日本で86.4%です。使うこと自体は珍しくなくなりました。差が付くのは、在庫データの前提が揃っているかどうかです。
出典
- 総務省・経済産業省「令和3年経済センサス‐活動調査 産業別集計(卸売業,小売業に関する集計)結果の概要」 総務省統計局 確認日 2026.09.22
- 総務省「令和8年版 情報通信白書」生成AIの業務利用状況 総務省 確認日 2026.09.22
- 商工中金「中小企業の生成AIの利用にかかる調査(2026年1月調査)」 商工中金 確認日 2026.09.22
- 下請代金支払遅延等防止法(昭和31年法律第120号)e-Gov法令検索 e-Gov法令検索 確認日 2026.09.22
- 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)e-Gov法令検索 e-Gov法令検索 確認日 2026.09.22


