この記事の要点
- 成約事例の収集と条件の近い候補の整理、査定書の下書きはAIに渡せます。
- 採用する事例、個別要因の評価、査定価格の決定は売買担当が持ちます。
- 本メディアでは、根拠の書き方を揃えてから調査を任せるべきだと判断します。
査定を先に分解する理由は、金の桁が他の業務と違うからです。時間は1件あたりの調査時間と提案から返答までの日数で測り、金は媒介を取り損ねた依頼の数で見ます(どちらも水準は置かず、自社の直近ひと月で測る前提として置きます)。リスクは説明で、宅地建物取引業法は媒介契約について書面の交付などを定めており、価格の説明は会社が責任を負う場面です。総務省「令和8年版 情報通信白書」では、日本の企業で何らかの業務に生成AIを利用している割合は86.4%と示されていますが、価格を答えさせる使い方はこの業務では別の話になります。
同じマンションの同じ間取りを、担当が2人で査定すると値が割れます。片方は直近の成約だけを見て、もう片方は売出し中の在庫も見ている。どちらが正しいかではなく、見る範囲が決まっていないことが問題です。
所有者は価格そのものより、その根拠の説明を聞いています。媒介が取れなかった理由が価格ではなく説明の粗さだった、という場面は査定書の作り方で減らせます。

競合物件の調査とは何を集める作業で、どこで割れるのか?
範囲を決めておきます。この記事でいう競合物件の調査とは、売却の査定依頼を受けてから相場と成約事例を集め、条件の近い事例を選び、査定書と提案資料にまとめて所有者へ出すまでの業務です。買取の可否を判断する業務は別に扱います。
要点は三つです。
- 査定は7工程に割れ、AIが担えるのは集める・並べる・差を示す・下書きするの4種類に収まります。
- 採用する事例と個別要因の評価、価格の決定は売買担当と売買責任者に残ります。
- 着手は事例集めからで、2週間で測るのは調査時間・採用事例の件数・提案から返答までの日数です。
担当は売買担当、起点は査定依頼の受信です。成果物は事例一覧、相場メモ、査定書、提案資料で、使うのはレインズ・成約事例データ、公的な地価情報、査定書の様式、登記情報、提案資料になります。
調査にかかる時間と依頼の件数は、エリアと物件種別で大きく変わります。数値は置かず、測る単位だけを表に示します。依頼件数が違えば、着手の順番も変わります。
依頼の受領から媒介の提案までを7工程に割る
査定は「相場を調べる」の一語に見えますが、着手から提案までを並べると7工程になります。量と時間の欄は公的統計に無いため、自社で測る単位だけを入れています。
- 1査定依頼を受け概要を確かめるAIと人
- 2成約事例と売出し在庫を集めるAIと人
- 3条件の近い事例を選ぶAIと人
- 4個別要因を当てて補正するAIと人
- 5価格帯と根拠をまとめるAIと人
- 6査定書と提案資料を組むAIと人
- 7所有者へ提案し媒介を待つAIと人
AIが担える人が決める
1
査定依頼を受け概要を確かめる
担当: 売買担当 / 使うもの: 査定依頼のフォーム、登記情報 / 量・時間: 1件あたりの受付時間
- AIが解決すること
- 依頼内容から物件概要と確認事項を一覧にする
- 人が決めること
- 受けるかどうかと優先順位
- 詰まるところ
- 所有者の希望時期が抜ける
- 失敗したときの損失
- 希望時期を外した提案になる
2
成約事例と売出し在庫を集める
担当: 売買担当 / 使うもの: レインズ、成約事例データ、ポータル / 量・時間: 1件あたりの調査時間
- AIが解決すること
- 条件の近い成約事例と在庫を集めて一覧に並べる
- 人が決めること
- 集める範囲と期間
- 詰まるところ
- 見る範囲が担当ごとに違う
- 失敗したときの損失
- 相場観が実勢とずれる
3
条件の近い事例を選ぶ
担当: 売買担当 / 使うもの: 事例一覧、過去の査定書 / 量・時間: 採用した事例の件数
- AIが解決すること
- 事例ごとに面積・築年・階数などの差を数字で示す
- 人が決めること
- 採用する事例の確定
- 詰まるところ
- 選んだ理由が残らない
- 失敗したときの損失
- 根拠の薄い価格を出す
4
個別要因を当てて補正する
担当: 売買担当 / 使うもの: 現地の写真、管理状態、前面道路 / 量・時間: 1件ごとの現地確認回数
- AIが解決すること
- 補正すべき要因の項目を漏れなく並べる(評価はしない)
- 人が決めること
- 補正の幅と個別要因の評価
- 詰まるところ
- 補正の幅が経験に属する
- 失敗したときの損失
- 現地の弱点を見落とす
5
価格帯と根拠をまとめる
担当: 売買担当・売買責任者 / 使うもの: 相場メモ、公的な地価情報 / 量・時間: まとめにかかる時間
- AIが解決すること
- 過去の査定書と同じ書き方で根拠を要約する
- 人が決めること
- 査定価格の決定
- 詰まるところ
- 根拠の書き方が揃わない
- 失敗したときの損失
- 価格が説明できなくなる
6
査定書と提案資料を組む
担当: 売買担当 / 使うもの: 査定書の様式、提案資料 / 量・時間: 1件あたりの作成時間
- AIが解決すること
- 査定書と提案資料の下書きを様式に沿って組む
- 人が決めること
- 提案の方針と見せる順番
- 詰まるところ
- 様式が担当ごとに分岐する
- 失敗したときの損失
- 比較で他社に負ける
7
所有者へ提案し媒介を待つ
担当: 売買担当 / 使うもの: 提案資料、媒介契約書 / 量・時間: 提案から返答までの日数
- AIが解決すること
- 過去の提案と結果を引いて論点を整理する
- 人が決めること
- 提案する条件と交渉の進め方
- 詰まるところ
- 説明の粗さで比較負けする
- 失敗したときの損失
- 媒介を取り損ねる
AIで消える工程:第2工程の書き写しです。事例を1件ずつ画面から手で書き写す作業が無くなります。
短くなる工程:第3・第5・第6工程です。条件差の提示、根拠の要約、査定書の下書きが先に出そろいます。
新しく増える確認工程:第3工程の直後です。採用した事例と外した事例の理由を書き残す確認が加わります。本メディアでは、この1行を査定書に必ず残すべきだと判断します。
図の見方は、色枠がAIの担う工程、灰色が売買担当が確定する工程、二重枠がその両方です。右上の三角は、担当ごとに割れやすい工程を指します。
事例集めは渡せても、採用と価格をなぜ売買担当が決めるのか?
工程を割ると、線の引き方が決まります。集める・並べる・差を示す・下書きするは作業なのでAIへ、採用する・補正する・価格を決めるは判断なので人に残ります。
境目で効くのは第4工程です。前面道路の広さ、管理組合の状態、眺望、日当たりといった要因は、現地に立たないと評価できません。AIにできるのは、見るべき項目を漏れなく並べるところまでです。
第5工程も渡しきれません。宅地建物取引業法は媒介契約について書面の交付などを定めており、価格の説明は会社として責任を負う場面です。根拠の要約はAIでも、価格の決定は売買担当と売買責任者が押します。
着手する1工程は事例集めです
着手する工程は、判断か作業か、データが揃っているか、失敗の損失がどれくらいかで選びます。この3点を当てると第2工程が残ります。
第2工程は作業です。レインズや成約事例データという元が電子で存在し、誤っても提案前に気づけます。反対に第4工程は現地の情報が要るため、データが揃っていない側に入ります。
商工中金「中小企業の生成AIの利用にかかる調査(2026年1月調査)」は、導入後の課題として「活用場面が不明」35.6%を示しています。査定という言葉のままでは場面が決まりませんが、第2工程まで降ろせば着手先が一つに決まります。
過去の査定書が検索できる状態にあるなら、第5工程の根拠の要約から入る選び方もあります。過去の書面が紙で眠っているなら、この選択肢は外れます。
2週間で測るのは調査時間と事例の抜け
試行は6つの段で回ります。
- 直近ひと月の査定を数え、1件あたりの調査時間、採用事例の件数、提案から返答までの日数を記録します。
- 見る範囲を会社として決めます。期間、距離、面積の幅、在庫を含めるかどうかの4点です。
- 根拠の書き方を1枚の様式に揃えます。過去の査定書を5本読めば型が抜き出せます。
- エリアと物件種別を1つに絞り、第2・第3工程をAIに任せます。売買担当が採用事例を確定させます。
- 採用した事例と外した事例の理由を、査定書に1行ずつ残します。
- 2週間後に同じ3つの数字を並べ、続けるか範囲を広げるかを決めます。
測る3指標は、時間・誤り・発見時期に対応します。調査時間が時間、事例の抜けや差し戻しが誤り、提案から返答までの日数が結果の出方です。同じエリアの査定を2人で回すと、根拠の揃い方が見えます。
本番では根拠の書き方を先に揃える
承認は第5工程です。査定価格は売買担当が決め、一定額を超える案件は売買責任者が確認する形にします。価格と根拠は必ず同じ書面に並べ、片方だけが残る状態を作りません。
記録は、集めた事例の全件、採用した事例、外した理由、補正の内容、価格、確認者を残します。この記録があれば、担当が変わっても同じ物件の査定を引き継げます。
例外は先に決めます。借地権、再建築不可、共有持分、相続が絡む案件は、事例の集め方が通常と違います。これらは調査の下書きを参考に留め、売買責任者が最初から関わる形にします。
相場をAIに答えさせるとなぜ外すのか?
起きやすい失敗は、条件の差を無視した事例が並び、そのまま価格の根拠になることです。原因は、集める範囲を決めずに「近い事例」を出させ、差の中身を確かめないまま採用することにあります。
もう一つは、価格そのものをAIに答えさせる使い方です。出てきた数字に根拠を後付けすると、所有者の質問に答えられません。AIが返すのは事例と差であって、価格ではありません。
本メディアでは、査定価格の算出をAIに任せることは勧めません。理由は、価格の説明責任が会社にあり、根拠を辿れない数字は媒介の場で崩れるからです。前提は、所有者に根拠を説明する場があることです。社内の初期スクリーニングのように説明を伴わない用途なら、価格帯の目安を出す使い方まで広げてもかまいません。
本メディアでは、過去の査定書が電子で検索できない会社は、調査より先に書面の整理から始めるべきだと判断します。理由は、根拠の書き方を揃える元が手元に無く、出力の良し悪しを比べられないからです。前提は、過去案件の量が一定以上あることです。開業して間もないなら、様式を1枚作るところから始めます。
過去の査定書が残っていない会社は見送る
調査にAIを入れない方がよい条件は三つです。過去の査定書が紙のまま保管されている会社、見る範囲を会社として決めていない会社、価格の決裁者が決まっていない会社です。
この状態でAIを足すと、事例は増えても根拠は揃いません。範囲と様式と決裁者の3つが決まっていれば、事例集めは最初の1業務として回しやすい工程になります。
出典
- 商工中金「中小企業の生成AIの利用にかかる調査(2026年1月調査)」 商工中金 確認日 2026.09.22
- 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)e-Gov法令検索 e-Gov法令検索 確認日 2026.09.22
- 総務省「令和8年版 情報通信白書」生成AIの業務利用状況 総務省 確認日 2026.09.22


