この記事の要点
- 必要書類の突合、様式との差分の指摘、契約書の下書きまではAIに渡せます。
- 特約の中身と締結の承認、本人確認の可否は宅地建物取引士と契約事務が持ちます。
- 本メディアでは、契約業務のAI化は突合と差分に限るべきだと判断します。
契約書を先に分解する理由は、締切と法令上の責任が同じ場所に重なるからです。時間は1件あたりの作成時間と催促の回数で測り、金は不足書類で決済日がずれた案件の数で見ます(どちらも水準は置かず、自社の直近ひと月で測る前提として置きます)。リスクは責任の所在で、宅地建物取引業法は契約書面の交付などを定め、売買契約の締結やその代理・媒介は犯罪による収益の移転防止に関する法律に基づく取引時確認の対象になります。商工中金「中小企業の生成AIの利用にかかる調査(2026年1月調査)」は導入後の課題として「推進する人材がいない」32.0%を示しており、推進役を誰に置くかで進み方が変わります。
契約日の3日前に、条件が1つ動く。売買では珍しくない話で、そのたびに契約書と付随書類を追いかけて直します。直した箇所が1つ漏れると、締結の場で読み合わせをして初めて分かります。
ここにAIを入れるなら、宅地建物取引士が担う仕事と、契約事務が回す仕事を先に分けておく必要があります。

契約書づくりとはどこからどこまでで、誰の手に集まるのか?
範囲を決めます。この記事でいう契約書づくりとは、申込の受理から契約書を下書きし、特約を整理して社内で確認し、締結して書面を保管するまでの業務です。重要事項説明書の作成は関連する業務ですが、この記事では契約書と特約に絞ります。
要点は三つです。
- 契約書づくりは7工程に割れ、AIが担えるのは突き合わせる・抜き出す・差分を示す・追うの4種類です。
- 特約の中身と締結の承認、本人確認の可否は宅地建物取引士(以下、宅建士)と契約事務に残ります。
- 着手は必要書類の突合からで、2週間で測るのは催促の回数・契約書の修正回数・不足の発覚時期です。
担当は契約事務と宅建士、起点は申込の受理と条件の合意です。入力は申込書と本人確認書類、登記情報、役所調査の資料で、出力は書類チェックリスト、契約書、確認記録、締結済み書面になります。使うのは契約書の作成ソフト、電子契約サービス、過去の契約書です。
件数と作成時間は取引の種別で変わります。数値は置かず、測る単位だけを表に示します。取扱件数が違えば、着手の順番も変わります。
申込の受理から書面の保管までを7工程に割る
契約書づくりは「書式に打ち込む」の一語に見えますが、着手から保管までを並べると7工程になります。量と時間の欄は公的統計に無いため、自社で測る単位だけを入れています。
- 1申込を受理し合意条件を確かめるAIと人
- 2必要書類を集め不足を確かめるAIと人
- 3登記・法令・設備の調査資料を読むAIと人
- 4契約書を下書きし差分を整理するAIと人
- 5特約の候補を並べるAIと人
- 6社内で確認するAIと人
- 7締結し書面を保管するAIと人
AIが担える人が決める
1
申込を受理し合意条件を確かめる
担当: 契約事務・営業担当 / 使うもの: 申込書、条件のメモ / 量・時間: 受理から着手までの日数
- AIが解決すること
- 合意条件を項目に割り、抜けている項目を示す
- 人が決めること
- 条件の確定と受理
- 詰まるところ
- 口頭の合意が書面に残らない
- 失敗したときの損失
- 条件の行き違いが後で出る
2
必要書類を集め不足を確かめる
担当: 契約事務 / 使うもの: 書類チェックリスト、本人確認書類 / 量・時間: 1件あたりの催促回数
- AIが解決すること
- 取引種別ごとの必要書類を並べ、受領分と突き合わせて催促文を下書きする
- 人が決めること
- 書類の有効性と例外の扱い
- 詰まるところ
- 不足が契約直前に分かる
- 失敗したときの損失
- 契約直前に不足が発覚する
3
登記・法令・設備の調査資料を読む
担当: 契約事務・宅建士 / 使うもの: 登記情報、役所調査の資料 / 量・時間: 1件あたりの確認時間
- AIが解決すること
- 調査資料から契約書に写す項目を出どころ付きで抜き出す
- 人が決めること
- 記載内容の確定
- 詰まるところ
- 資料の形式が案件ごとに違う
- 失敗したときの損失
- 転記の誤りが締結まで残る
4
契約書を下書きし差分を整理する
担当: 契約事務 / 使うもの: 契約書の様式、過去の契約書 / 量・時間: 1件あたりの作成時間
- AIが解決すること
- 様式との差分を並べ、変えた箇所を条文ごとに指摘する
- 人が決めること
- 採用する様式と条文の確定
- 詰まるところ
- 様式が案件ごとに分岐する
- 失敗したときの損失
- 古い様式のまま締結する
5
特約の候補を並べる
担当: 宅建士・契約事務 / 使うもの: 過去の特約、合意条件 / 量・時間: 特約の本数
- AIが解決すること
- 過去の特約を条件で引いて候補を並べる(採否はしない)
- 人が決めること
- 特約の中身と採否
- 詰まるところ
- 過去の文言をそのまま流用する
- 失敗したときの損失
- 実態に合わない特約が残る
6
社内で確認する
担当: 宅建士 / 使うもの: 契約書、確認記録 / 量・時間: 修正の回数
- AIが解決すること
- 確認の観点をチェックリストにして抜けを示す
- 人が決めること
- 締結の承認
- 詰まるところ
- 確認の観点が人によって違う
- 失敗したときの損失
- 確認の質が人によって割れる
7
締結し書面を保管する
担当: 契約事務 / 使うもの: 電子契約サービス、保管先 / 量・時間: 締結までの日数
- AIが解決すること
- 送付文を作って進捗を追い、保管先へ登録されていない書面を挙げる
- 人が決めること
- 電子契約の可否と相手方の同意
- 詰まるところ
- 保管漏れが後から出る
- 失敗したときの損失
- 書面が保管されず後で探せない
AIで消える工程:第7工程の手作業です。締結済み書面を保管先へ手で入れ直す作業が無くなります。
短くなる工程:第2・第3・第4工程です。必要書類の突合、調査資料からの抜き出し、様式との差分整理が先に出そろいます。
新しく増える確認工程:第5工程の直後です。並んだ特約の候補を宅建士が1本ずつ採否する確認が加わります。本メディアでは、この採否の理由を確認記録に残すべきだと判断します。
図の見方は、色枠がAIの担う工程、灰色が宅建士や契約事務が確定する工程、二重枠がその両方です。右上の三角は、失敗が起きやすい工程を指します。
差分の指摘は渡せても、特約をなぜ宅建士が決めるのか?
工程を割ると、線の引き方が決まります。突き合わせる・抜き出す・差分を示すは作業なのでAIへ、確定する・承認するは判断なので人に残ります。
境目で効くのは第5工程です。特約は1文の言い回しで責任の所在が動きます。過去の契約書から似た文言を引くところまではAIでできますが、その案件で成立するかどうかは宅建士が読んで決めます。
第2工程も渡しきれません。売買契約の締結やその代理・媒介は取引時確認の対象になります。AIは手順のチェックリストと記録の下書きまでで、書類の真正性と取引の可否は担当が判断します。賃貸の媒介は原則として対象外です。
記載内容を確定させ、締結を承認するのは会社と宅建士です。この責任はAIの導入で動きません。
最初に着手するのは必要書類の突合です
着手する工程は、判断か作業か、データが揃っているか、失敗の損失がどれくらいかで選びます。この3点を当てると第2工程が残ります。
第2工程は作業で、取引種別ごとの必要書類という型が会社の中にあります。誤っても契約前に気づけて、直す手も残っています。反対に第5工程は判断そのもので、渡す範囲を候補を並べるところまでに絞る必要があります。
書類チェックリストがすでに電子で存在するなら、第2工程は数日で試せます。リストが担当の頭の中にあるなら、書き出す作業が先になります。
2週間で測るのは修正回数と不足の発覚時期
試行は6つの段で回ります。
- 直近ひと月の契約を数え、不足書類の発覚時期、催促の回数、契約書の修正回数を記録します。
- 取引種別ごとの必要書類を1枚にまとめます。売買と賃貸、個人と法人で分けます。
- 取引種別を1つに絞り、第2工程の突合をAIに任せます。受領した書類との差を毎日出します。
- 契約事務が不足の連絡文を確認してから送ります。有効性の確認は人が行います。
- 発覚した不足が契約の何日前だったかを毎件記録します。ここが最も動く数字です。
- 2週間後に同じ3つの数字を並べ、続けるか範囲を広げるかを決めます。
測る3指標は、時間・誤り・発見時期に対応します。催促の回数が時間、修正回数が誤り、不足の発覚時期が発見の早さです。発覚が契約の何日前に動いたかを見ると、効果が読めます。
本番化で決める照合の記録と承認者
承認は第6工程に固定します。宅建士が確認し、締結を承認する形を動かしません。差分の指摘が0件でも、人の確認を飛ばす経路は作りません。
記録は、参照した資料名、下書き、差分の指摘、修正した箇所、確定稿、確認者、承認日を残します。下書きには参照元の資料名を併記させ、記載事項ごとに原資料と照合できる形にします。
例外は先に決めます。下書きを止める案件を挙げておきます。借地権、共有持分、相続、農地転用など権利関係に特記のある案件と、係争を含む案件です。これらは宅建士が最初から関わります。
特約の誤りが締結まで残るのはなぜか?
起きやすい失敗は、過去の特約をそのまま流用し、その案件では成立しない条件が残ることです。原因は、AIの下書きを確定稿として扱い、記載事項ごとの原資料との突合を省くことにあります。
防ぎ方は、下書きに必ず参照元の資料名を併記させ、宅建士が記載事項ごとに原資料と照らしてから記名する運用にすることです。照合の記録を残せば、どの段で見落としたかを後から辿れます。
本メディアでは、契約業務のAI化は突合と差分の指摘に限るべきだと判断します。理由は、記載内容の確定と説明が法令上の責任者の仕事であり、下書きの精度が上がるほど確認が形骸化するからです。前提は、宅建士が全件を読む体制があることです。件数が多く全件を読めないなら、取引種別を絞って対象を狭める方が先です。
本メディアでは、契約書の全文生成を任せる使い方は勧めません。理由は、様式の版が案件ごとに違う会社では、どの版から書いたのかが追えなくなるからです。前提は、会社として使う様式が1つに決まっていることです。様式が1つに揃っているなら、下書きの範囲を条文の並べ替えまで広げてもかまいません。
様式が案件ごとに分かれている会社は入れない方がよい
契約業務にAIを入れない方がよい条件は三つです。契約書の様式が担当ごとに分かれている会社、調査資料が紙でしか残っていない会社、宅建士の確認工程が運用として決まっていない会社です。
この状態でAIを足すと、下書きは出ても確認の基準が無く、修正が増えます。様式と資料と確認者の3つが決まっていれば、必要書類の突合は最初の1業務として回しやすい工程になります。
出典
- 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)e-Gov法令検索 e-Gov法令検索 確認日 2026.09.22
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)e-Gov法令検索 e-Gov法令検索 確認日 2026.09.22
- 商工中金「中小企業の生成AIの利用にかかる調査(2026年1月調査)」 商工中金 確認日 2026.09.22


