この記事の要点
- ツール選定のうち、候補の規約と機能の整理、業務別の適合度の下書き、試用記録の集計はAIに任せられます。
- 標準にするツール、有料にする範囲、入力してよい情報の線引きは所長と管理部門が確定します。
- 本メディアでは、事務所の業務一覧と情報の分類が無いうちにツールを決めるのは勧めません。
定義ツール選定は、会計ソフトの入替や顧問契約の更新と同じく、所長と管理部門が年に一度前後の頻度で回す業務です。
この業務が事務所の数字に効く理由は三つあります。時間では、比較検討に所長と管理部門が延べ20時間、試用に担当者2名が各10時間を使う前提として置きます。以降に出す所要時間も、顧問先30〜100件・職員5〜20名の事務所を前提として置いた目安です。自社の体制が違えば、以降の見積もりは当てはまりません。
費用では、生成AIの利用料は人数×月額で積み上がります。標準を決めないまま担当ごとに契約すると、同じ作業に二重の月額が乗り、解約の判断も誰も持ちません。リスクでは、顧問先の財務情報や特定個人情報(マイナンバーを含む個人情報)の扱いが絡みます。入力してよいかを決めずに使い始めると、発覚は事故の後です。時間と費用は取り返せますが、顧問先の情報が手元を離れた事実は戻りません。

ツール選定という業務は事務所のどこにあるか?
ツール選定は、会計ソフトの入替や顧問契約の更新と同じく、所長と管理部門が年に一度前後の頻度で回す業務です。日々の記帳・月次・申告のどれにも属さないため、担当者からは見えません。起点は「導入を検討する」と所長が決めた時点で、成果物は選定比較表と利用ルール案の2つです。
| 業務 | 頻度・トリガー | 担当 | 入力 | 出力 | 判断の有無 | 失敗コスト | 使うシステム・帳票 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 生成AIツールを自社の業務で選ぶ | 導入検討の開始(年1回前後) | 所長・管理部門(情報システム担当) | 候補ツール一覧、事務所の業務一覧、セキュリティ要件 | 選定比較表、利用ルール案 | あり(標準と有料範囲) | 現場が使わず月額だけ残る | 月次進行表、顧問先管理台帳、各サービスの利用規約 |
| AI利用ルールと入力禁止情報を決める | ツールの業務利用を認める前 | 所長・品質管理担当 | 取り扱う情報の分類、既存の情報管理規程 | AI利用ガイドライン、入力禁止情報一覧 | あり(入力範囲と違反時の対応) | 特定個人情報の入力が後から発覚する | 情報管理規程、給与ソフト、年末調整の控除証明書 |
2行目を1行目より先に置くのが現実的です。入力してよい情報が決まっていない事務所では、どのサービスを試しても「これは入れてよいのか」で手が止まります。
選定を7工程に分けると何が見えるか?
着手から決裁までを時系列で割ると、7工程になります。下書きは全工程で使え、確定は工程1・2・5・6・7で人が持ちます。決裁点は工程6です。
- 1事務所の業務を棚卸しするAIと人
- 2扱う情報を4区分に分けて入力範囲を決めるAIと人
- 3候補ツールの機能・料金・データ取扱いを整理するAIと人
- 4業務別の適合度を一次評価するAIと人
- 5週間の試用を回して記録するAIと人
- 6標準ツールと有料範囲を決めるAIと人
- 7利用ルールを明文化して周知するAIと人
AIが担える人が決める
1
事務所の業務を棚卸しする
担当: 所長・管理部門 / 使うもの: 月次進行表、顧問先管理台帳、担当者別の作業記録 / 量・時間: 半日〜1日
- AIが解決すること
- 進行表と台帳の項目を読み、業務名・頻度・担当・入力・出力の列に並べ替えた一覧の下書きを出す
- 人が決めること
- 一覧に載せない業務、対象外の顧問先
- 詰まるところ
- 業務名だけ並び、入力と出力が埋まらない
- 失敗したときの損失
- 使っていない業務を基準にツールを選び、試用が空振りになる
2
扱う情報を4区分に分けて入力範囲を決める
担当: 所長・品質管理担当 / 使うもの: 情報管理規程、入力禁止情報一覧 / 量・時間: 半日
- AIが解決すること
- 規程の文言を公開情報・顧問先の財務情報・個人情報・特定個人情報の4区分に並べ、入れてよい例と禁止例の一覧案を作る
- 人が決めること
- 特定個人情報を外す範囲、違反時の対応
- 詰まるところ
- 公開情報と顧問先の財務情報の線引きが曖昧なまま進む
- 失敗したときの損失
- 年末調整の控除証明書を外部へ送り、後から発覚する
3
候補ツールの機能・料金・データ取扱いを整理する
担当: 管理部門 / 使うもの: 候補ツール一覧、各サービスの利用規約とプラン表 / 量・時間: 候補3〜5本で数時間
- AIが解決すること
- 規約とプラン表から、保存期間・学習利用の有無・管理者権限・料金体系を同じ項目に並べた表の下書きを出す
- 人が決めること
- 規約の原文で確かめる箇所、事務所として許容する条件
- 詰まるところ
- 規約が改定され、読み比べが追いつかない
- 失敗したときの損失
- 学習利用の設定を誤り、顧問先データが手元を離れる
4
業務別の適合度を一次評価する
担当: 管理部門・各担当の責任者 / 使うもの: 工程1の業務一覧、選定比較表 / 量・時間: 業務30本で半日
- AIが解決すること
- 業務ごとの入力と出力から、置き換えられる部分と人に残る部分を仕分けし、理由を1行添えた比較表の下書きを出す
- 人が決めること
- 評価の採否、対象から外す業務
- 詰まるところ
- 「使えそう」の印象で埋まり、理由が残らない
- 失敗したときの損失
- 効果の薄い業務で試し、所内の期待だけが下がる
5
週間の試用を回して記録する
担当: 担当者2名・監査担当 / 使うもの: 試用記録表、対象業務の帳票(月次の説明メモ、催促文) / 量・時間: 1日1件×10営業日
- AIが解決すること
- 試用記録から件数・所要時間・差し戻し件数を業務別に集計し、導入前の値との差分を要約する
- 人が決めること
- 試す顧問先と業務、記録の採否
- 詰まるところ
- 記録が感想で終わり、導入前の値と比べられない
- 失敗したときの損失
- 判断材料が揃わず、決裁が翌月へずれる
6
標準ツールと有料範囲を決める
担当: 所長 / 使うもの: 選定比較表、試用記録、稟議書 / 量・時間: 所内会議1回
- AIが解決すること
- 比較表と試用結果を、費用・情報の扱い・使う人数という決裁の観点に並べ直した説明資料の下書きを出す
- 人が決めること
- 標準にするツール、有料にする人数と部署
- 詰まるところ
- 候補を2本残して両方契約し、月額が二重になる
- 失敗したときの損失
- 標準が決まらず、担当者が私用のアカウントで使い始める
7
利用ルールを明文化して周知する
担当: 品質管理担当 / 使うもの: AI利用ガイドライン、入力禁止情報一覧、研修記録 / 量・時間: 所内研修1時間と文書1本
- AIが解決すること
- 4区分と禁止例からガイドラインとチェックリストの下書きを作り、業務別の確認者欄を空欄で用意する
- 人が決めること
- 税務判断を含む出力の確認者、違反時の対応
- 詰まるところ
- 文書を配って終わり、税務判断の確認者が決まらない
- 失敗したときの損失
- AIの回答が確認を経ずに顧問先へ届く
図の見方は、色枠がAIの担う工程、二重枠がAIの下書きを所長と管理部門が確定する工程、右上の三角が事故と手戻りの起きやすい工程です。
AIで消える工程は、工程3のうち「規約とプラン表を1本ずつ読み比べて比較表に打ち込む」作業です。短くなる工程は、工程1の一覧づくり、工程4の一次評価、工程5の集計、工程6の説明資料づくりの4つです。新しく増える確認工程は、工程3と工程4の直後に置く照合です。AIが書いた比較表の記載と理由を規約の原文と業務一覧に当て、管理部門が採否に印をつけます。
どこまでAIに任せ、どこで所長に戻すか?
境界の引き方は単純です。写す・並べる・比べる・下書きするまでがAI、決める・許す・責任を負うが人です。図の見方は、左の色枠がAIの担う作業、右の灰色が所長と管理部門が確定する判断です。
人に戻す理由は三つあります。第一に、税理士法は税務代理・税務書類の作成・税務相談を税理士の業務と定めています。AIが下書きを出しても、税務判断と申告内容の責任は税理士にあります。選ぶツールが仕訳候補や回答文を出す種類であれば、確認者を決めるまで業務利用を認めない設計にします。
第二に、保存と記録の要件です。電子帳簿保存法は国税関係帳簿書類の電子保存・スキャナ保存・電子取引データの保存に要件を定めています。AIが作った索引だけで要件を満たしたとは見なせません。第三に、情報の取扱いです。顧問先の個人情報は個人情報の保護に関する法律の対象です。マイナンバーを含む特定個人情報は、番号法で利用・提供・保管が制限されます。外部サービスへ送る項目の範囲と承認者は、試用を始める前に紙で決めます。
AI適性の判定は3つの問いで決まる
工程ごとにAIを入れるかは、次の3問で判定します。
- 判断か作業か。判断が混じる工程は、案と根拠の提示までに止め、確定を人に残します。工程6は判断そのものなので、AIには説明資料の下書きしか渡しません。
- データはあるか。工程3の規約とプラン表は公開情報なので即日使えます。工程1の業務一覧が担当者の頭の中にしか無ければ、AIより先に一覧の様式を作るのが先です。
- 失敗の損失はどれくらいか。工程3の整理を誤っても比較表の修正で済みますが、工程2の線引きを誤ると顧問先の情報が外へ出ます。損失が大きい工程は、人の照合を先に設計します。
この3問を当てると、最初にAIを入れる工程は3の「候補ツールの整理」になります。公開情報だけを扱い、出力が表なので誤りが目で分かり、失敗しても損失は時間だけです。次が工程4、その次が工程5の集計です。
本メディアでは、工程2の情報分類を飛ばして工程3から始めるのは勧めません。理由は、線引きが無いと試用の対象業務を選べず、現場が良かれと思って顧問先の元帳を貼り付けるためです。前提は、事務所が年末調整や記帳代行で特定個人情報を扱っていることです。この前提から外れる業務だけを試す事務所なら、順番を入れ替えても構いません。
紙の証憑が中心の顧問先が大半なら、読み取り精度を比較の主軸に置くのは後回しにします。担当者ごとに勘定科目の選び方が違う事務所なら、仕訳候補の適合度は評価できません。科目ルール表を先に作らなければ、どのツールを試しても結果は担当者差に飲まれます。年末調整と確定申告が重なる12月から3月に着手するなら、この時期はツール選定を入れない方がよい条件です。新しい運用を覚える余裕が無く、試用記録が埋まらないまま決裁だけが流れます。
2週間の試用で測る3つの指標
試用は業務を2つに絞り、10営業日で回します。会社としての進め方は次の6段です。
- 所長が対象の顧問先と業務を指名します。税務判断を含まない業務(月次の説明メモの下書き、資料の催促文)から選びます。
- 導入前の値をひと月分そろえます。時間記録が無い事務所は、担当者の申告値で構いませんが、申告値である旨を記録に残します。
- 合否基準を開始前に文書へ落とします。基準の例は「1件あたりの所要時間が導入前を下回り、差し戻しが増えないこと」です。
- 担当者2名が10営業日回し、試用記録表に件数・所要時間・差し戻し件数を書きます。出力をそのまま顧問先へ送ることは禁じます。
- 週末に所長が記録を見て、続ける・対象業務を替える・止めるのいずれかを決めます。判断は口頭で終わらせず、記録表の欄に残します。
- 2週目の終わりに結果を比較表へ戻し、標準ツールと有料範囲を決裁します。
測る指標は3つです。1件あたりの所要時間、差し戻し・修正の件数、試用で置き換えられた業務数です。月額費用は業務数と人数が決まってから計算する順にします。指標が導入前と変わらないまま人数だけ増やす決裁は、後で止められなくなります。
本番にするときに決めること—承認・記録・例外
本番化で決めるのは4点です。承認では、業務ごとに下書き者・確認者・承認者を一覧にし、税務判断を含む工程は税理士が確認する運用を明文化します。記録では、誰がどの入力で何を出し、どこを直したかを試用記録表の様式のまま残します。
例外では、顧問先からの苦情、法令の判断が要る質問、想定外のファイルへの対応を決めます。担当者の判断で止め、人へ回す経路を書きます。利用ルールでは、外部へ送ってよい項目、学習利用の設定、アカウントの管理者、退職時の権限削除までを1枚にします。
本メディアでは、最初の標準は1本に絞るべきだと判断します。理由は、2本を並行させると利用ルールも研修も二重になり、品質管理担当の負荷が選定の効果を食うためです。前提は職員20名までの事務所で、部門ごとに扱う情報が大きく違う事務所であれば、部門単位で分ける判断もあり得ます。
失敗が起きる工程と防ぎ方
工程2を飛ばした事務所で起きるのが、特定個人情報の入力です。年末調整の控除証明書や扶養情報をそのまま外部サービスへ送り、事務所のルール違反として後から発覚します。原因は、扱う情報の分類と入力範囲を決める前に、現場が便利さで使い始めたことです。防ぎ方は、入力してよい情報の一覧を先に作り、マイナンバーを除外する仕組みを設計へ入れることです。権限の棚卸しは品質管理担当が行います。
工程7を飛ばすと、税務判断を含む回答がAIの文面のまま顧問先へ届きます。原因は、回答の下書きと税理士確認の境界を決めず、無資格の担当者が送信できる運用にしたことです。防ぎ方は、税務判断を含む質問は税理士の確認を必須にし、回答に根拠資料を添え、確認者を記録へ残すことです。
工程4で起きるのが、過去仕訳をそのまま評価材料に使う失敗です。誤りと担当者差を含んだ仕訳を候補提示の元データにすると、AIの提示が担当者ごとに違い、監査担当の修正が減りません。防ぎ方は、顧問先ごとの科目ルール表を作り、元データをルールに沿って確定した仕訳に限ることです。
次の業務へ広げる順番
標準が決まったら、次は証憑回収へ移します。未提出資料の催促と証憑の仕分けは、税務判断を含まず毎月発生し、効果を早く確かめられるためです。前提は3つです。顧問先ごとの必要資料一覧と受領チェック表が電子であること。試す顧問先が撮影とアップロードでの提出に合意していること。催促文を送る前に監査担当が確認する運用が明文化されていることです。
広げる条件は、選定した業務の指標が導入前を下回らない状態が1か月続き、確認の記録が残っていることです。この条件を満たさないうちに業務を増やすと、確認工程だけが積み上がります。入力範囲と確認者の決め方は品質・セキュリティハブ、仕訳候補の扱いは記帳ハブで扱います。次に着手する催促と仕分けは証憑回収ハブを参照してください。

