たとえば、月次の会議で経営者から「売上は前年より伸びているのに、営業利益率が下がった。どこが悪いのか」と聞かれた経理責任者がいるとします。損益計算書を見れば、外注費と残業代が増えていることは分かります。ところが、受注の処理、請求書の発行、入金の消込、問い合わせへの対応のうち、どれが利益を押し下げたのかは答えられません。手元にあるのは費目ごとの月額で、処理の件数とは結び付いていないからです。
先に答えを書きます。事務費は総額で見ると「売上が増えたから増えた」で説明がついてしまいます。処理ごとに1件あたりへ直すと、件数に比例して増える外注費、件数が一定を超えると割高になる残業代、件数に関係なく出ていく固定の費用のどれで1件あたりが上がったのかが分かります。1件あたりが前年より上がった処理が、利益率を押し下げている処理です。事務費を件数に対する増え方で分けた比較表と、処理どうしを並べるときの分母と分子のそろえ方、AIに置き換えた場合に1件あたりに残る費用までを整理します。
- 売上が伸びて利益率が下がったら、事務費は総額ではなく処理1件あたりで前年と比べます。総額の増加は売上増で説明できてしまい、押し下げている処理が見えません。
- 外注費は件数に比例して増え、外の値上げがそのまま乗ります。残業代は所定の時間に収まらなくなった件数から割高になります。件数が増えた月だけ1件あたりが跳ねるなら残業代、件数と関係なく上がるなら外注の値上げです。
- AIに置き換えた処理の1件あたりは、利用料よりも人が出力を確かめる時間で決まります。候補は、出力の確認に時間がかからない処理です。
目次
売上が伸びて利益率が下がるとき、事務費は1件あたりで前年と比べる
売上が伸びて営業利益率が下がったときは、事務費を総額ではなく、処理ごとの1件あたりで前年と比べます。1件あたりが上がった処理が、利益率を押し下げている処理です。
事務費の1件単価とは、ある処理にかかった人の時間・外注費・ツールやAIの利用料を、同じ期間の処理件数で割った金額です。
売上が増えれば、受注も請求書も入金も問い合わせも増えます。事務費が増えること自体は不自然ではありません。問題になるのは、件数の伸び以上に費用が伸びた処理があるときです。それを見分けるには、費用を件数で割るしかありません。
事務費は、件数に対する増え方で3つに分かれる
事務費は、件数が増えたときの増え方で分けると3つの型になります。件数にほぼ比例して増える費用、件数が一定を超えたところから割高になる費用、件数に関係なく毎月同じだけ出ていく費用です。外注や派遣は1つ目、残業代は2つ目、ツールの月額や所定内の人件費は3つ目に入ります。
この3つの型に、AIに置き換えた場合の費用を足して並べたのが次の表です。

表の2列目が、売上増のときに何が起きるかを決めます。固定の費用は件数が増えるほど1件あたりが下がるので、売上が伸びた年には利益率を押し上げる側に働きます。それでも利益率が下がったなら、件数比例か閾値で割高になる行のどこかで、1件あたりが上がっています。
総額の増加は、売上増で説明できてしまう
費目ごとの総額と前年比だけを見ていると、外注費が増えたのも残業代が増えたのも「売上が増えたから」で片づきます。説明としては間違っていません。ただ、その説明では、件数の伸びに見合った増え方なのか、1件あたりが高くなった増え方なのかが区別できません。
前者なら手を打つ必要は小さく、後者なら打つべき処理があります。総額のままでは、この2つが同じ数字に見えます。
自社の利益率の下がり方を、法人企業統計の平均と並べて確かめる
財務省が2026年9月に公表した法人企業統計(令和7年度)では、全産業(金融業、保険業を除く)の売上高営業利益率は5.4%で、資本金1,000万円〜1億円の企業は3.4%、1,000万円未満の企業は2.3%でした。規模が小さいほど低い並びです。
この領域でつまずきやすいのは、ツール選定よりも「業務の中のどこに組み込むか」の設計です。BoostXのAI顧問は、業務ヒアリングから設計・定着支援までをサービス対応範囲としてカバーできる領域です。
この数字は合格線ではありません。自社の利益率の下がり方が、世の中の流れに沿ったものか、自社に固有のものかを見分けるための物差しです。
全体では、売上も利益も伸びた年度だった
同じ統計で、金融業・保険業を除く全産業の令和7年度の売上高は前年度比1.6%増、経常利益は8.8%増で、どちらも過去最高の金額でした。全体としては、売上の伸びより利益の伸びのほうが大きい年度です。
経常利益は営業利益とは別の段階の利益なので、そのまま自社の営業利益率と比べることはできません。それでも、全体が上向いた年度に自社だけ営業利益率が下がったなら、景気や業界全体の動きだけでは説明しにくくなります。
平均と並べて決まるのは、原因を探す場所
平均と並べて分かるのは、探す場所です。全体が上向く中で自社だけ下がっているなら、外部の要因より、社内の費用の構造を先に疑います。事務費を1件あたりに直す作業は、その疑いを処理の単位まで絞るためのものです。
ここで1つ、決めきれない点があります。業種によって利益率の水準も費用の構成も違うため、全産業や規模別の値と比べても、業種の差を取り除いたことにはなりません。業種別の目安は別の統計にありますが、私は、自社の前年と比べる1件あたりの動きのほうを先に見るべきだと考えています。平均との比較は、社内を探すべきかどうかを決めるところまでに留めます。
残業代と外注費は、件数が増えたときの増え方が違う
外注費は処理件数にほぼ比例して増え、外の値上げがそのまま乗ります。残業代は所定の時間に収まらなくなった件数から割増がつくため、件数が一定を超えた月に1件あたりが跳ねます。同じ「事務費が増えた」でも、増え方の形が違います。
外注費と派遣は件数に比例し、外の値上げがそのまま乗る
外注や派遣は、件数か時間に応じて請求されます。件数が増えた割合とほぼ同じ割合で、費用も増えます。ここまでは売上増で説明できる範囲です。
説明できないのは、外の値段そのものが上がった分です。日本銀行の企業向けサービス価格指数は、2026年8月の速報で総平均が前年比3.7%上昇しました。企業が外に払うサービスの値段が上がっているので、同じ件数を外注しても1件あたりは上がります。外注先の単価の改定は請求書の単価の欄に出るので、件数と単価を分けて持っていれば、どちらで増えたかが分かります。
残業代は、所定の時間に収まらなくなった件数から割高になる
社員が所定の時間内で処理している間は、件数が増えても人件費は変わりません。所定の時間に収まらなくなった件数から残業になり、割増がつきます。件数と費用の関係は、ある件数を境に傾きが急になる形です。
人の時間の単価の下限も上がっています。令和8年度の地域別最低賃金の答申は、全国加重平均で1,177円でした。昨年度の1,121円から56円の引上げで、都道府県ごとに順次発効する予定の額です。処理にかかる時間が同じでも、時間の単価が上がれば1件あたりは上がります。
外注費と残業代、どちらが効いているのか
件数が増えた月だけ1件あたりが上がるなら残業代、件数に関係なく少しずつ上がるなら外注の値上げが効いています。月ごとの件数と1件あたりを横に並べると、どちらの形かが見えます。
両方が同時に起きている処理もあります。その場合は、残業代の行と外注の行を別々に1件あたりへ直します。混ぜたまま割ると、件数の山で割高になった分と外の値上げの分が区別できず、打つ手が決まりません。
処理どうしを比べるには、件数の数え方と費用の含め方を先にそろえる
1件あたりの費用は、分母の件数と分子の費用をどう決めるかで大きく変わります。計算の細かさより先に、この2つを処理ごとにそろえることが、比べられるかどうかを決めます。
件数の単位は、処理ごとに1つに決める
請求書の発行を例にとると、件数を「受注1件」で数えるか、「請求書1枚」で数えるか、「明細1行」で数えるかで、1件あたりの金額は大きく変わります。どれが正しいということはありません。前年と今年で同じ単位を使い、処理ごとに1つに決めてあれば比べられます。
途中で数え方を変えると、1件あたりが上がったように見えても、実は分母の単位が変わっただけ、ということが起こります。
人の時間は、所定内と残業を分けて持つ
人の時間を1本にまとめて割ると、残業代の割高な分が薄まります。所定内の時間と残業の時間を分けて持っておけば、件数の山で1件あたりが跳ねた処理を見つけられます。
難しいのは、残業がどの処理のものかです。勤怠の記録は部署単位で残ることが多く、請求書の発行で残ったのか、入金の消込で残ったのかは記録だけでは分かりません。
固定の費用は、上がった処理を探すときには分けて見る
ツールの月額のような固定の費用は、件数で割ると、件数が増えるほど1件あたりが下がります。変動する費用と足して割ると、固定の費用が1件あたりを下げる分だけ、変動する費用の上がり方が隠れます。1件あたりが上がった処理を探すときは、変動する費用だけで1件あたりを出し、固定の費用は別の行に置きます。
比べる材料は、社内の別々の手元にある
分母と分子の材料は、経理の手元に全部そろっているわけではありません。材料ごとに、担当と元になる記録が違います。
| 材料 | 担当 | 入力(元になる記録) | 出力(1件あたりに直した後) | 人が決めること | 例外 |
|---|---|---|---|---|---|
| 処理の件数 | 各処理を持つ部署 | 受注台帳、請求書の発行記録、入金の明細、問い合わせの記録 | 処理ごとの月の件数 | 件数の単位をどれにするか | 1件で何度も差し戻される処理 |
| 所定内の時間 | 総務・人事 | 勤怠の記録 | 処理ごとの所定内の時間 | 兼務の人の時間をどう分けるか | 複数の処理を同じ人が持っている |
| 残業の時間 | 総務・人事と各部署 | 勤怠の記録、残業の申請 | 処理ごとの残業の時間 | どの処理の残業として数えるか | 締めの日にまとめて残業した分 |
| 外注・派遣の請求 | 経理 | 外注先・派遣会社の請求書 | 処理ごとの件数と単価 | 複数の処理をまとめた請求の分け方 | 月額の定額契約になっている |
| ツールの月額 | 経理と情シス | ツールの請求書 | 固定の費用の行 | 複数の処理で使うツールを分けるか | 年払いの契約 |
表の「人が決めること」の列が埋まらない限り、割り算はできても処理どうしの比較は成り立ちません。自社の数字で線を引くところが、1件あたりの比較で最も手間のかかる部分です。
AIに置き換えた処理の1件あたりは、利用料より確認の時間で決まる
AIの利用料は処理量に比例するため、AIに置き換えた処理の1件あたり費用は、人が出力を確かめる時間と例外の手作業でほぼ決まります。置き換える候補は、この2つが小さく収まる処理です。
AIの利用料は、処理した量に比例して請求される
AnthropicはClaude APIを実際の月の利用量で請求し、支払いは米ドル建てとしています。料金は処理した量に比例するので、AIに任せた部分の費用は、最初から件数あたりで見える形です。
Anthropicは公式の料金ページ(2026年9月時点)で、問い合わせ1万件をClaude Haiku 4.5(入力100万トークンあたり1ドル)で処理する計算例を示し、合計を約37ドルとしています。これはAnthropic自身の計算例で、読者の会社の処理にかかる単価ではありません。それでも、利用料の桁が人の時間の単価とは離れていることは読み取れます。
残るのは、人が出力を確かめる時間と例外の手作業
AIに置き換えても、出力をそのまま外に出せる処理は限られます。請求書の金額、取引先への回答、入金と請求の突き合わせの結果は、人が確かめてから確定させます。この確認の時間が、置き換えた後の1件あたりの大半を占めます。
私は、次の確認はAIに渡さず人に残すべきだと考えています。金額の確定は、誤りがそのまま利益と取引先の信用に響くためです。取引先へ出す文面の最終判断は、契約や約束の中身を知っている人しか責任を持てないためです。AIが判断できずに戻した例外の処理も人に残します。戻ってきた理由を人が見ないと、同じ例外が翌月もまた戻ってきます。
確認の時間は、測らないと分かりません。置き換える前に、処理1件の確認に何分かかったかを自社で測る項目として決めておくと、置き換えた後の1件あたりを前年と同じ物差しで比べられます。
置き換える候補は、件数が多く確認が短く済む処理
利用料は件数に比例して小さく、確認の時間は処理によって長さが違います。件数が多く、1件の確認が短く済む処理ほど、置き換えた後の1件あたりが下がりやすくなります。反対に、1件ごとに人が中身を読み込まないと確定できない処理は、置き換えても確認の時間が残り、1件あたりはあまり下がりません。
置き換えた後に、AIの費用の総額が請求書の金額と合わなくなることがあります。その差がどこから来るのかは、AIの隠れ費用を請求書の内と外の3層に分けた記事で扱っています。
件数あたりの比較を自社だけで続けると、どこで止まるのか?
1件あたりの比較は、一度数字を出せば終わりではありません。前年と比べ続けるために毎月同じ材料をそろえる必要があり、そこで止まる場所が3つあります。
処理ごとの件数を毎月数える仕組みが無い
請求書の枚数は発行の記録から数えられても、問い合わせの件数や差し戻しの回数は、どこにも記録されていないことがあります。数える仕組みが無い処理は、分母が毎月の手作業になり、繁忙の月から数えなくなります。
残業がどの処理のものか、勤怠から切り出せない
勤怠の記録が部署単位のままだと、残業代を処理ごとに分ける根拠がありません。比べるたびに担当者に聞き取ることになり、答える側の記憶に頼った数字になります。
置き換えた後の確認の時間を測る担当がいない
AIに置き換えた処理は、利用料の明細が自動で届く一方で、確認の時間は誰も記録しません。利用料だけで1件あたりを出すと、置き換えた処理の1件あたりが実際より小さく見えます。
社内で回せている状態と、外の手を借りる境目
処理ごとの件数が毎月そろい、残業を処理ごとに分ける取り決めがあり、置き換えた処理の確認の時間が記録されているなら、社内で回せています。どれか1つでも欠けたまま締めを重ねているなら、件数の数え方と費用の分け方を、外の目を入れて一度決め直す段階です。
ビフォーアフター:月次の会議で出す事務費の数字が変わる
変わるのは費用の金額ではなく、会議に出す表の列です。
費目ごとの月額と前年比しか出せない会議
冒頭の仮の場面で経理責任者が持っていたのは、外注費、給与手当、支払手数料といった費目ごとの月額と、その前年比でした。外注費が何%増えた、残業代が何%増えたとは言えても、どの処理の分かは言えません。経営者の問いには「売上が増えたので」と答えるしかなく、次に何を見直すかは会議で決まりません。
処理ごとの1件あたりの前年比が並ぶ会議
表の行が費目から処理に変わります。受注の処理、請求書の発行、入金の消込、問い合わせへの対応が1行ずつ並び、列には件数、所定内の1件あたり、残業の1件あたり、外注の1件あたり、その前年比が入ります。1件あたりが上がった行を指して、上がった理由が残業なのか、外の値上げなのか、件数の数え方なのかを答えられます。
AIに置き換える候補も、同じ表から選べます。件数が多く、残業と外注の1件あたりが上がっている行が、最初に確認の時間を測る対象になります。
違いを生んでいるのは集計の手間ではなく、件数の数え方の取り決め
BeforeとAfterの差は、表計算の腕前ではありません。処理ごとに件数の単位を決め、残業をどの処理の分として数えるかを決め、固定の費用を別の行に置く、という取り決めがあるかどうかです。取り決めが先にあれば、毎月の集計は同じ列を埋める作業になります。
この記事のまとめ
- 次の月次の締めで最初に手を付けるのは、事務の処理を5〜7本に分け、各処理の件数の単位を1つずつ決めることです。単位が決まらない処理は、その時点で比較の対象から外しておきます。
- 前年同月の件数と費用を同じ単位で出し直し、変動する費用だけで1件あたりの前年比を並べます。上がった行から、残業・外の値上げ・数え方の変更のどれかを切り分けます。
- AIへの置き換えを検討する処理は、置き換える前に1件の確認にかかる分数を測っておきます。利用料の見積もりより先に、この数字をそろえます。
- 経営者への報告は、1件あたりが上がった処理の名前と、上がった理由の2つで返します。費目ごとの前年比は補足に回します。
公開日:2026年9月
読んで終わりにしないために
「自社の場合は、どうすれば?」
その答えを、最大45分で持ち帰る。
記事で分かるのは、一般論まで。AI導入を専門に見ている担当が、貴社の業務に当てはめて“次の一手”だけを一緒に整理します。
この相談で持ち帰れるもの
- 01
自社業務に当てはめたAI活用マップ
- 02
投資対効果(ROI)のシミュレーション
- 03
いまの悩み・疑問への、その場の個別回答


