たとえば、半年前に社長が各部署へAIの取り組みを1つずつ始めるよう号令をかけた会社があるとします。営業、経理、人事、製造の4部署が立ち上げ、月次の会議に出る一覧は4件とも「継続中」です。ところが、この1か月で次の段階へ進んだものは1件もありません。「どれも止めるとは言い出せない。けれど、どれも進んでいない」。席に着いた全員が、そう感じています。
先に答えを書きます。4件がそろって動かないのは、1件ごとの中身より前に、推進担当の時間が本数に対して足りていないからです。担当が案件に使える週の時間を、1件を進めるのに要る週の時間で割ると、同時に持てる件数が出ます。その件数を超えた分は、続けても節目に届きません。件数の出し方、動いていない案件の見分け方、超えた分の扱いを整理します。
- 同時に走らせる件数は、推進担当が案件に使える週の時間を、1件に要る週の時間で割って出します。仮に週12時間と週4時間なら3件です。固定の正解ではなく、自社の数字で変わります。
- 動いていない案件は「継続中」という報告からは読めません。最後に決定が出た日と、次の節目に期日と担当の名前が付いているかで見分けます。
- 超えた分は、続ける・待たせる・やめるに分けます。待たせる案件には再開の条件を1つだけ決め、やめる案件には試して分かったことを残します。
目次
AIの案件が同時に止まるのは、推進担当の時間を案件数で割っているから
同時に走らせたAIの案件がどれも止まるのは、推進担当が案件に使える時間を本数で割った結果、1件あたりの時間が、止めずに進めるのに要る時間を下回っているからです。上限の件数は、担当が使える週の時間を1件に要る週の時間で割って出します。
AI案件の上限とは、推進担当が案件に使える週の時間を、1件を止めずに進めるのに要る週の時間で割って出す件数です。件数そのものに正解はありません。割る数と割られる数が会社ごとに違うからです。
1件ごとの中身を見直しても、全部が動かないことは説明できない
案件が進まないとき、最初に疑われるのは中身です。データが足りない、目的があいまい、現場が乗ってこない。どれも1件の中の話としては筋が通ります。
ただ、冒頭の場面では4件が同じ1か月に動かなくなっています。営業と経理と人事と製造で、同じ月に別々の原因が重なったと考えるより、4件に共通するものを先に見るほうが早く片づきます。共通しているのは、4件とも同じ推進担当を通ることです。
担当の時間は、案件が増えても増えない
部署が案件を1件立ち上げるたびに、推進担当の仕事は1件分増えます。担当の週の時間は増えません。2件なら半分ずつ、4件なら4分の1ずつです。
1件を前へ進めるには、毎週ある程度まとまった時間が要ります。現場と話し、試した結果を確かめ、次に決めることを用意する時間です。割った結果がこの時間を下回ると、どの案件も「話は聞いたが、次の決定まで用意できなかった」週が続きます。1件だけ遅れるのではなく、全部が同じように遅れます。
件数ではなく、割り算の式を持つ
「うちは3件まで」と件数だけを決めると、担当が1人増えた月にも、1件が手離れした月にも、数字を直す根拠がありません。式で持っておけば、分子か分母が変わったときに件数を出し直せます。
号令をかけた社長自身が案件に入り込んでいる会社では、社長の時間も同じ割り算の対象になります。社長の時間が現場の作業に取られる構造は、社長がプレイヤーから抜けられない状態を扱った記事で整理しています。
AIの案件の上限は、推進担当の週の時間から何件と出るのか?
同時に走らせるAI案件の上限は、推進担当が案件に使える週の時間を、1件を止めずに進めるのに要る週の時間で割った件数です。仮に週12時間と週4時間なら、上限は3件になります。
この3件は計算例の結果で、どの会社にも当てはまる数字ではありません。式に入れる2つの時間は、自社で測って入れ替えます。
分子は、週の勤務から兼ねている仕事と会議を引いた残り
担当が案件に使える時間は、本人の感覚では出てきません。週の勤務時間から、兼ねている仕事の時間と定例の会議の時間を引いて出します。
仮に、週40時間勤務の推進担当が情報システムの仕事に週22時間、定例の会議に週6時間を使っているとします。40時間から22時間と6時間を引くと、残りは週12時間です。兼ねている仕事が繁忙になる月は、この12時間がさらに削られます。
分母は、1件を次の節目まで運ぶのに毎週要る時間
1件に要る時間は、1週間の流れに分けると数えやすくなります。入力は、現場の担当が実データで試した結果です。出力は、次の会議で決めてもらう案です。その間に、現場との打ち合わせと結果の確認が入ります。
仮に、現場との打ち合わせに週1.5時間、試した結果の確認に週1.5時間、次の決定の準備に週1時間かかるとします。合計は週4時間です。試した結果が想定と違った週は例外で、原因の切り分けにもう1時間から2時間が乗ります。
仮の数字で割ると、3件までは進み、6件では半分になる
2つの時間を表に並べると、次のようになります。数字はすべて仮の置き数です。
| 式の項 | 何を数えるか | 仮の計算例 |
|---|---|---|
| 担当が案件に使える週の時間 | 週の勤務時間から、兼ねている仕事と定例の会議を引いた残り | 40時間-22時間-6時間=週12時間 |
| 1件に要る週の時間 | 現場との打ち合わせ、試した結果の確認、次の決定の準備 | 1.5時間+1.5時間+1時間=週4時間 |
| 同時に走らせる件数 | 上の2つの割り算 | 12時間÷4時間=3件 |
| 4件を持ったとき | 1件あたりに回る週の時間 | 12時間÷4件=週3時間(要る時間の4分の3) |
| 6件を持ったとき | 1件あたりに回る週の時間 | 12時間÷6件=週2時間(要る時間の半分) |
冒頭の場面の4件に当てはめると、1件あたりは週3時間です。要る4時間に1時間足りません。足りない1時間を、仮に次の決定の準備から削ったとします。打ち合わせと確認は済んでいるのに、決めることが会議に出てこない。それが「継続中」のまま動かない状態の中身です。
6件なら週2時間で、打ち合わせだけで時間が尽きます。分子が小さい会社では、3件でも足りません。担当が使えるのが週8時間なら、8時間÷4時間で2件です。3件を持てば、3件とも遅れます。
担当が増える、1件が手離れすると、件数は変わる
分子は足し算ができます。週8時間を使える2人目の担当が加われば、12時間と8時間で週20時間です。20時間÷4時間で5件になります。
分母は案件の段階で変わります。現場だけで回り始めた案件は、週4時間が週2時間に下がることがあります。3件のうち2件が週2時間になれば、使っているのは4時間と2時間と2時間で週8時間です。空いた4時間に、待たせていた1件を入れられます。
決めきれない点が1つあります。1件に要る時間を全案件で同じ数字に置くか、案件ごとに変えるかです。案件ごとに測るほうが正確ですが、測ること自体に担当の時間を使います。私は、最初の1か月は同じ数字で置き、大きく外れた案件だけ測り直すほうがよいと考えています。
試す会社は58.0%、部署の流れに組み込めた会社は11.9%
IPAの「DX動向2026」(1,799社)では、AIを導入している企業は42.3%、試験利用が15.7%でした。生成AIが部署の業務プロセスに組み込まれている企業は、生成AIを導入・試験利用・検討中と答えた企業のうち11.9%にとどまります。
試す段階までは半数を超える会社が来ています。仕事の流れに入った会社は、それよりずっと少ない状況です。
導入と試験利用を足すと58.0%になる
この調査は2026年4月中旬から6月中旬に行われ、国内企業1,799社が答えています。AIを「導入している」が42.3%、「現在、試験利用をしている」が15.7%で、合わせて58.0%です。
半年前に号令をかけた会社は、この58.0%の中にいます。試し始めたこと自体は、遅くも早くもありません。
生成AIは、個人で使う63.3%と部署に組み込む11.9%に開きがある
生成AIの設問は、生成AIを導入・試験利用・検討中と答えた企業が対象です。この設問では、「個人で業務利用している」が63.3%、「個人や部署で試験利用している」が44.8%でした。「部署の業務プロセスに組み込まれている」は11.9%、「全社的なサービスに組み込まれている」は18.6%です。
58.0%はAI全体、11.9%は生成AIについての別の設問です。2つを引き算して「何%が途中で終わった」とは言えません。読み取れるのは、試している会社の割合と、流れに組み込んだ会社の割合に大きな差があることまでです。
効果が期待どおり以上だった会社は31.8%
IPAが2026年7月に出した発表では、AIの効果が「期待以上」「期待どおり」だった企業は合わせて31.8%でした。最も多かった答えは「一定の効果はあった」の50.6%です。
「一定の効果」は、やめる根拠にも広げる根拠にもなりにくい答えです。続けるか止めるかを決める材料が弱いまま、案件だけが残りやすくなります。
この統計が示していないこと
ここまでの数字は、案件の本数が多いから進まない、とは言っていません。調査は本数を聞いていないからです。本数と担当の時間の関係は、割り算から導いた見立てです。自社に当てはまるかどうかは、自社の12時間と4時間にあたる数字を測って確かめます。
専任で主導する人がいない会社ほど、担当の時間が先に尽きる
同じ調査は、AIを導入・試験利用・検討中と答えた企業に主導する役職を複数回答で聞いています。「CAIO以外の専任者」を挙げた企業は9.8%でした。課題の1位は専門人材の不足で50.1%です。兼務かどうかを直接聞いた設問ではありませんが、AIを専任で見る人を置いている会社は限られると私は見ています。
別の仕事を持つ人が主導すると、式の分子は最初から小さくなります。週40時間のうち案件に回せるのが12時間なのか6時間なのかで、持てる件数は倍違います。
主導しているのはIT部門の長が46.0%、CAIOは2.9%
AIの導入・利活用を主導する役職として最も多かったのは「IT部門の長」で46.0%、「経営層」が32.1%でした。「CAIO(最高AI責任者)」は2.9%です。複数回答の設問なので足し合わせはできませんが、AIだけを見る役職を挙げた企業はどちらも1割に届きません。
IT部門の長には、基幹システムの保守も、端末の入れ替えも、問い合わせへの対応もあります。AIの案件は、その残りの時間で見ることになります。
人が足りないと答えた会社は85.5%
DXを推進する人材の量について、「やや不足している」「大幅に不足している」と答えた企業は2025年度で合わせて85.5%でした。AIの担当に限った数字ではありませんが、担当を1人増やして分子を大きくする手が取りにくいことはうかがえます。
分子を増やせないなら、動かせるのは本数です。分母の4時間を無理に2時間へ削っても、次の決定が用意できない週が増えるだけで、案件は進みません。
組織的な取り組みが無いと答えた日本企業は27.0%
総務省の令和8年版情報通信白書では、生成AIによる業務変革に組織的に取り組んでいる日本企業は65.6%、「組織的な取組はない」は27.0%でした。生成AIの利用を禁止している企業を除いた、企業向け調査の数字です。
同じ白書は、米国・ドイツ・中国では「取組を推進する部署や責任者が明確になっている」という回答も目立ったとしています。誰が主導するかが決まっていれば、その人の時間を数えられます。決まっていなければ、分子を出すことができません。
本数を決められるのは、号令をかけた側だけ
各部署は、自分の案件を止めるとは言い出しにくいものです。推進担当も、部署の案件に順番を付ける権限は持っていません。本数を決められるのは、号令をかけた社長だけです。
AIに任せられるのは、一覧の日付や時間を集めて並べるところまでです。どの案件を先に進め、どれを待たせるかは人が決めることとして残ります。部署どうしの利害を引き受けるのは、機械にはできないからです。方針と予算を示す側の役目は、生成AIを社内に広める社長の役割をまとめた記事が扱っています。
止まっている案件は、進捗の報告ではなく日付と時間で見つける
止まっているかどうかは、「継続中」という報告の文面ではなく、最後に決定が出た日と、次の節目に期日と担当が付いているかで見ます。日付と時間は、書く人の気持ちで変わりません。
どの案件が止まっているか、なぜ把握できないのか
把握できないのは、一覧に状態の語しか無く、最後に決定が出た日と次の節目の期日が入っていないからです。「継続中」「検討中」は、先月も今月も同じ字で書けます。先月から何かが変わったかどうかは、その字からは読めません。
報告する側に悪意はありません。打ち合わせは1回開いたし、担当も1人付いている。だから「継続中」と書きます。止まっていると書くと、部署の評価に響くように感じられるからです。
一覧に足す6つの項目
状態の語の代わりに、次の6つを一覧の列に足します。どれも、日付か時間か回数か名前で埋まる項目です。

最初に見るのは、最後に決定が出た日です。月次の会議が月1回なら、この日付が前回の会議より前のままの案件は、1か月のあいだ何も決まっていません。2回続けて動いていなければ2か月です。
次の節目は、期日と担当の名前の両方がそろって初めて節目になります。「来月中に検証」は期日ではありません。「10月の第3週までに、経理の主任が請求書100件で試す」なら、過ぎたかどうかを誰でも確かめられます。
時間と回数は、先週の分だけを聞く
現場の担当が先週その案件に使った時間は、0時間か、1時間以上かだけでも意味があります。0時間が2週続いた案件は、現場の側で手が離れています。推進担当の時間も同じように聞きます。
実データで試した回数は、前回の会議から増えたかどうかを見ます。3回のまま1か月動いていなければ、試す段階で足踏みしています。判断待ちの相手は、名前で書きます。「上の判断待ち」では、誰に聞けば動くのかが分かりません。
6項目を埋める手間は、会議1回あたり1件5分で収める
項目を増やすと、今度は一覧を作る時間が担当の12時間を食います。仮に1件5分で埋められる形にしておけば、4件で20分、6件でも30分です。埋められない項目は空欄のままにします。空欄そのものがサインだからです。
上限を超えた案件は、続ける・待たせる・やめるの境目で分ける
上限を超えた案件は、続ける・待たせる・やめるの3つに分けます。待たせる案件には再開の条件を1つ決め、やめる案件には試して分かったことを残します。
3つは同じ重さではありません。迷うのは、ほとんどが「待たせる」と「やめる」の境目です。
| 分け方 | 分ける目安 | その後に決めること |
|---|---|---|
| 続ける | 割り算で出た件数まで。検知表の空欄が少ない順に入れる | 次の節目の期日と担当の名前 |
| 待たせる | 試す価値は残っているが、担当の時間が回らない | 再開の条件を1つと、それを見る人 |
| やめる | 試した結果、続けても節目に届く見込みが立たない | 試した内容と分かったことの記録の置き場所 |
続ける案件は、空欄が少ない順に件数まで入れる
仮の計算例で件数が3件、案件が4件なら、3件を続けて1件を外します。選ぶ順は、検知表の6項目で空欄が少ない順です。効果が大きそうな順ではありません。動いている案件を先に節目まで運べば、分母が下がり、次の1件を入れる時間が空きます。
待たせる案件には、再開の条件を1つだけ付ける
待たせるとは、順番を決めて置いておくことです。条件が無いまま置くと、半年後には誰も覚えていません。条件は1つに絞ります。「続けている3件のうち1件が、現場だけで回り始めたら再開する」のように、起きたかどうかが分かる形にします。
条件を2つも3つも並べると、どれも満たされないまま1年が過ぎます。条件を見る人の名前も、一覧に書いておきます。
やめる案件に払い続けている費用を止める
動いていない案件にも、ツールの月額や外部への支払いは毎月出ていきます。4件のうち1件が半年動いていなければ、6か月分の支払いが成果の無いまま積み上がっています。やめると決めた月に、契約も止めます。
やめた案件は、試した内容と分かったことを1枚に残します。同じ案を1年後に別の部署が出してきたとき、最初からやり直さずに済みます。予算と実績の差を毎月の報告にまとめる流れは、予算と実績の差をAIでレポートにまとめる記事で扱っています。
社内だけで分けようとすると、詰まる所が3つある
最も重いのは、部署が自分の案件を外すと言い出せないことです。4人の部長が集まる会議で、誰かの1件を待たせると決めるには、決める役の人が要ります。
1件に要る時間を誰も測っていない場合は、分母が置けません。最初の2週間だけ、推進担当が案件ごとに使った時間を書き留めれば足ります。待たせた案件の再開を誰も見ない問題は、条件を見る人の名前を書くことで防げます。
ビフォーアフター:月次の会議で見るAI案件の一覧が変わる
変わるのは案件の中身ではなく、会議に出る一覧の列です。
案件名と「継続中」だけが並ぶ一覧
冒頭の仮の場面で配られていた一覧には、部署名、案件名、状態の3列しかありませんでした。状態は4件とも同じ字です。本数は部署の数だけあり、新しい部署が手を挙げれば1件増えます。減ることはありません。会議は報告を聞いて終わり、次に何を決めるかは誰も持ち帰りません。
決定日と期日が並び、待たせている案件が別枠で見える一覧
一覧のいちばん上に、割り算で出した件数が書かれます。その下に、続けている案件が件数の分だけ並びます。列は、最後に決定が出た日、次の節目の期日、担当の名前、判断待ちの相手です。
待たせている案件は別の枠に移り、再開の条件と、それを見る人の名前が付いています。会議で話すのは、期日を過ぎた節目と、条件が満たされた案件だけです。新しい案件を入れたい部署は、どの1件が手離れしたら入れるかを先に聞かれます。
違いを生んでいるのは一覧の書式ではなく、本数を決める人がいること
列を足すだけなら、表計算で1時間もかかりません。BeforeとAfterを分けているのは、件数を出し、超えた分を待たせると決める人がいるかどうかです。決める人がいれば、一覧は毎月同じ列を埋めるだけの作業になります。
この記事のまとめ
- 今週のうちに、推進担当へ先週の時間の使い道を聞きます。兼ねている仕事、定例の会議、AIの案件の3つに分けて、時間で答えてもらいます。
- 次の月次の会議までに、一覧へ「最後に決定が出た日」の列を1つだけ足します。6項目を一度にそろえようとせず、日付から始めます。
- 件数を出したら、社長の名前で各部署へ伝えます。推進担当から伝えると、部署との調整に担当の時間がまた取られます。
- 3か月後に、分子と分母を測り直します。手離れした案件があれば、待たせていた1件を入れる時期です。
公開日:2026年10月
読んで終わりにしないために
「自社の場合は、どうすれば?」
その答えを、最大45分で持ち帰る。
記事で分かるのは、一般論まで。AI導入を専門に見ている担当が、貴社の業務に当てはめて“次の一手”だけを一緒に整理します。
この相談で持ち帰れるもの
- 01
自社業務に当てはめたAI活用マップ
- 02
投資対効果(ROI)のシミュレーション
- 03
いまの悩み・疑問への、その場の個別回答


