たとえば、取引のあるITベンダーから「AI機能つきの業務ソフトが、補助金で半額になります」と案内が届いたとします。見積書には初期費用と2年分の利用料が並び、補助の対象欄に印が付いている。社長が知りたいのは、自社がいくら払い、3年目に何が残るかです。
AIを含むITツールは、旧IT導入補助金が名前を変えた「デジタル化・AI導入補助金2026」で補助の対象になります。条件は3つで、事務局に登録されたツールであること、業務プロセスを持つソフトウェアであること(汎用ツールだけでは申請できない)、IT導入支援事業者と組んで申請すること。通常枠は5万〜450万円、補助率は1/2です。以下では、補助が払う費用と自社に残る費用の線を、申請前に決める順に整理します。
- AIツールは補助対象になる。ただし登録されたツールで、業務プロセスを持つソフトウェアに限られ、汎用のAIツール単体では申請できません
- 通常枠の上限450万円は、4プロセス以上のツールと賃上げ計画の表明がそろったときの額。1〜3プロセスなら150万円未満が上限です
- 2026年版は導入後の活用支援まで補助される一方、社内の人の時間と3年目からの利用料は自社に残ります
目次
IT導入補助金でAIは買えるが、AIが使われる状態は買えない
デジタル化・AI導入補助金とは、中小企業・小規模事業者がAIを含むITツール(ソフトウェアやクラウドサービス)を入れる費用の一部を国が補助する制度です。AIツールは買えます。買えないのは、そのツールを社員が翌月も翌年も使っている状態のほうです。
2026年版で、制度の名前にAIが入った
名前が変わったのは、令和7年度補正予算事業からです。それまでの「IT導入補助金」が「デジタル化・AI導入補助金(旧:IT導入補助金)」になり、2026年版の公募要領は2026年3月に公開、申請の受付は3月30日から始まりました。検索すると旧名と新名の記事が混ざって出てくるのはこのためで、2025年以前の記事の上限や補助率は、いまの枠と合わないことがあります。
ChatGPTのような汎用のAIツールも対象になるのか
汎用のAIツールだけでは申請できません。補助の対象になるITツールには条件が3つあります。1つ目は、事前に事務局の審査を受け、補助金のサイトに公開(登録)されているツールであること。2つ目は、顧客対応・販売支援、会計・財務、総務・人事・給与などの業務プロセスを1種類以上持つソフトウェアであることで、業種や業務を問わない汎用・自動化・分析ツールは単体では使えません。
3つ目は申請の形です。申請者は、事務局に登録されたIT導入支援事業者とパートナーシップを組んで申請します(複数者連携デジタル化・AI導入枠を除く)。自社だけで書類を出して完結する制度ではありません。
つまり「AIだから対象」ではなく、「業務ソフトにAIが入っているから対象」という順番です。チャットで文章を作るだけの道具を単独で申請するより、問い合わせ管理や会計のように業務の流れを持つソフトに、AIの機能が付いている形が補助の中心になります。
導入後の活用支援までは払える。使う人の時間は払えない
2026年版で変わった点がもう1つあります。導入関連費に、保守運用やマニュアル作成に加えて、IT活用の定着を促す導入後の「活用支援」が入りました。導入コンサルティングと活用コンサルティング、導入設定、導入研修も対象です。
それでも補助金が払わないものがあります。社員が対象の作業を洗い出す時間、新しい手順に慣れるまでの時間、効いたかどうかを数える時間です。支援事業者の活用支援は、社内で「誰が何に使うか」が決まっていて初めて効きます。そこは自社の仕事として残ります。
2026年度の枠と上限:AI関連でどこまで狙えるか
AIツールで使うことが多いのは通常枠です。1〜3プロセスのツールなら補助額5万円以上150万円未満、4プロセス以上なら150万円以上450万円以下で、補助率は1/2。最低賃金に近い賃金で働く従業員が一定以上いる事業者は2/3になります。
| 申請枠 | 補助率 | 補助額 | AIツールとの関係 |
|---|---|---|---|
| 通常枠(1〜3プロセス) | 1/2(最低賃金近傍の事業者は2/3) | 5万円以上150万円未満 | AI機能つきの業務ソフトはここが中心 |
| 通常枠(4プロセス以上) | 同上 | 150万円以上450万円以下 | 賃上げ計画の策定・表明が条件 |
| インボイス枠(インボイス対応類型) | 50万円以下の部分3/4(小規模事業者4/5)、50万円超の部分2/3 | 1機能50万円まで・2機能以上350万円まで | AIが仕訳を提案する会計ソフトなど。会計・受発注・決済の機能に限る |
| インボイス枠(電子取引類型) | 中小企業2/3・大企業1/2 | 350万円以下 | 発注側が受発注ソフトを取引先に無償で使わせる場合 |
| セキュリティ対策推進枠 | 中小企業1/2・小規模事業者2/3 | 5万円〜150万円 | サイバーセキュリティお助け隊サービスに限る(利用料は最大2年分) |
| 複数者連携デジタル化・AI導入枠 | 経費の種類ごとに設定 | グループで3,000万円まで | 商店街など複数の事業者で連携する場合 |
表の数字は、いつの時点のものか
表の数字は2026年9月に事務局と中小企業庁の公表資料で確かめたものです。通常枠の公募要領は2026年8月にも更新されており、年度の途中でも締切の回ごとに細部が変わります。見積書を受け取った日と、申請する回の公募要領の日付をそろえて読んでください。
450万円に届くのは、4プロセス以上と賃上げ計画がそろう会社
上限の450万円は、誰でも狙える額ではありません。4プロセス以上を持つツールを入れ、あわせて賃金引上げ計画を立てて従業員に表明していることが条件です。計画の中身は、事業計画期間で1人当たり給与支給総額を年平均3%以上増やし、事業場内の最低賃金を地域別最低賃金より30円以上高くすること。補助率1/2なら、450万円を受け取るには900万円以上の投資を自社で組むことになります。
実際に450万円ちょうどで採択された件数も少数です。中小企業庁の概要資料に載る交付額の分布では、450万円ちょうどは105件(総計50,171件)と54件(総計35,196件)で、どちらも全体の0.3%に届きません。上限は目標ではなく天井として読むほうが、計画は崩れにくくなります。
ここは記事の外からは決めきれない点でもあります。4プロセス以上に広げて上限を取りにいくか、1〜3プロセスで150万円未満に収めるかは、賃上げ計画を無理なく表明できるかどうかで分かれます。人件費の見通しを持つ経営者本人が決める判断です。
通常枠の採択は、2025年に申請のおよそ3件に2件
通常枠の申請件数と採択件数は、IT導入補助金2024で23,672件と8,936件(約38%)、IT導入補助金2025で25,140件と16,540件(約66%)でした。年によって大きく動くので、「出せば通る」とも「ほとんど通らない」とも言えません。採択を前提に社内の計画を組まず、不採択でも止まらない順番にしておくのが安全です。
会計まわりのAIなら、インボイス枠が候補に入る
枠の選び方で迷いやすいのは会計まわりです。会計・受発注・決済の機能が中心なら、補助率の高いインボイス枠が候補に入ります。概要資料には、AIがデータから勘定科目を提案するクラウド会計ソフトをインボイス枠で入れ、給与計算にかかる人員を最大3名から1名、作業を5日から1日にした公開事例が載っています。経理の流れのどこを先に自動化するかは、経理を自動化したい会社向けの整理が参考になります。
枠を取っても成果が残らない3つの盲点
採択されたのに1年後に何も変わっていない。その原因は、技術ではなく順番にあります。3つとも申請を出す前なら直せますが、交付決定のあとに気づくと、契約したツールと対象の作業がずれたまま事業期間が進みます。
盲点1/ツールが先に決まり、直したい作業が後から決まる
いちばん重いのがこれです。ベンダーの案内や登録ツールの一覧から良さそうなものを選び、そのツールにできることに合わせて「解決したい課題」を書く。順番が逆になっています。ITツールの要件は業務プロセス単位で決まっているので、作業が決まらないうちは、どのプロセスのツールが要るのかも決まりません。
先に紙1枚に書くのは3項目です。対象の作業名、その作業に今月何時間かかったか、空いた時間を誰が何に使うか。たとえば見積書の作成なら、作業名は「見積書の作成と根拠集め」、担当は営業、入力は過去の見積と単価表、出力は顧客に送る見積書1通になります。この粒度で書けないまま採択されると、実績報告で「便利になった」以上のことが書けません。見積書など書類作成に時間がかかる会社の整理も、作業名を決める材料になります。
盲点2/登録ツールで届く作業だけを選び、いちばん重い作業が外れる
対象は登録ツールに限られるので、探すうちに「登録されている中でいちばん近いもの」に寄っていきます。その結果、社長や特定の担当者しか答えられない問い合わせのような重い作業が外れ、軽い定型作業だけが対象に残ることがあります。重い作業を3つ書き出し、何番目までが登録ツールで届くかを見る。1番目に届かないなら、届く範囲だけを補助金で進め、残りは補助の外で設計すると割り切ります。
盲点3/活用支援が終わったあとの担当が決まっていない
支援事業者の活用支援が補助の対象になっても、社内の担当は別に要ります。使ってよい範囲、入力してはいけない情報、迷ったときの相談先の3つを、導入前に決めておきます。入力ルールの決め方は生成AIに入れてはいけない社内データの線引きで扱っています。申請の書き方で損をしやすい点は、生成AIで補助金を使うときの申請の盲点にまとめました。
補助金で買える費用と、自社が払う費用の線引き
補助金で買えるのは、ソフトウェア購入費、最大2年分のクラウド利用料、導入と活用のコンサルティング、導入設定・研修・保守です。自社に残るのは、補助率の残りの自己負担、社内の人の時間、3年目からの利用料の3つです。
目安の計算を1つ置きます。仮に、初期費用60万円・月額3万円のAI機能つき業務ソフトを通常枠(補助率1/2)で入れるとします。補助の対象は初期費用と24か月分の利用料72万円を足した132万円です。そのうち補助は66万円で、自己負担も同じ額になります。25か月目からは月3万円、年36万円が全額自社の負担になります。見積書を読むときは、この25か月目以降の行を自分で書き足してください。

申請から実績報告までの社内の流れと、補助が出る段
補助金でAIツールを入れる仕事を、社内の7段に分けます。所要時間は会社ごとに違うため、表には載せていません。各段にかかった時間は、担当者が自社で記録してください。
| 段 | 担当 | 入力 | 出力 | 人が決めること | 補助 |
|---|---|---|---|---|---|
| ①重い作業の洗い出し | 社長・部門責任者 | 業務一覧、作業時間の記録 | 対象作業3つ | どの作業を減らすか | 対象外 |
| ②登録ツールの確認 | 管理部門の担当者 | ①の作業名、ITツール検索 | 候補ツール3つ以内 | 届く作業と届かない作業の線 | 対象外 |
| ③支援事業者との相談・見積 | 管理部門責任者 | 候補ツール、自社の業務プロセス | 見積書と申請の分担 | 枠とプロセス数(賃上げ計画を出すか) | 対象外 |
| ④交付申請 | 申請担当者と支援事業者 | 見積書、GビズID、事業計画 | 交付申請 | 計画の数字に責任を持つ人 | 対象外 |
| ⑤交付決定後の契約・導入 | 管理部門責任者 | 交付決定の通知 | 契約・導入設定 | 交付決定より前に契約していないか | ソフト・利用料・導入関連費 |
| ⑥活用支援と社内展開 | 対象作業の担当者と支援事業者 | 使い方、入力ルール | 対象作業での利用開始 | AIの出力をそのまま外に出してよいか | 活用支援は対象 |
| ⑦実績報告と効果の確認 | 申請担当者・社長 | 契約書、支払いの記録、作業時間 | 実績報告 | 変わった時間を実数で書けるか | 対象外 |
時間が消えやすいのは①と⑥です。①を飛ばすと②で候補を眺め続け、⑥を支援事業者に任せきると、研修が終わった週から使う人が減ります。失敗が金額に直結するのは⑤で、補助金は交付決定を経てから契約・購入し、そのあとに受け取る流れなので、決定前に契約した費用は補助の外になります。
導入したAIツールに渡す仕事と、人が残す判断
入れたAIツールに渡すのは、下書きと候補までです。会計ソフトなら勘定科目の候補、問い合わせ管理なら返信の文案、見積なら過去の類似案件の抜き出し。人が残す判断は4つあります。
いちばん重いのは金額の確定です。見積額や仕訳の金額を誤ると、そのまま取引先への請求や決算に出ます。2つ目は社外に出す文面の最終確認で、契約条件や約束を相手に伝える責任は会社にあるからです。3つ目の、過去の例に無い条件の案件は、AIの候補が外れやすいので人が引き取ります。4つ目の入力してよい情報の線は、個人情報や取引先の機密を外部のサービスに送るかどうかの判断で、会社として1回決めれば足ります。
この4つは、AIで消える段ではなく増える段です。確認の時間がどれだけ増え、下書きでどれだけ減ったかを、両方数えます。
採択を待つあいだに測っておく項目
交付決定までの期間は、効くかどうかを確かめる時間に使えます。個人向けの有料プランの生成AIで、①で選んだ作業を5営業日だけ試し、4項目を記録します。対象作業の1件あたりの時間(試す前と後)、月あたりの件数、下書きから人が直した箇所の数、確認に使った時間です。
記録を月次で見るのは管理部門の責任者、判断するのは社長です。試しても1件あたりの時間が変わらない作業は、補助金で高いツールを入れても変わりにくい。逆に手応えのあった作業は、申請書の課題欄に実数で書けます。
社内だけで線を引くと詰まる境目
社内だけで決めようとすると詰まりやすい場面は3つあります。対象の作業が2つ以上の部署にまたがり、どの部署の時間を減らすのかが決まらないとき。4プロセス以上にして賃上げ計画を出すかどうかを、人件費の見通しと合わせて判断できる人がいない場合も同じです。顧客情報を扱う作業を対象にしたいのに、入力してよい情報の線を社内で引けないとき。どれかに当たるなら、IT導入支援事業者や社外の専門家と一緒に線を引く方が早く進みます。
申請を急がない方がよい会社もあります。対象の作業名が3つ書けない会社、3年目からの利用料を固定費として払い続ける見込みが立たない会社です。こうした会社は申請より先に、作業を決める段から始めた方が、結果として早く進みます。研修の費用を別の制度で賄いたいなら、AI研修に使える助成金の記事が入口になります。
ビフォーアフター:作業を先に決めた会社は、実績報告に何を書けるか
同じ枠で採択された2社を、仮に並べてみます。違いは、ツールと作業のどちらを先に決めたかだけです。
ツールから決めた1年
- ベンダーの案内で選んだツールに合わせて、課題欄を書いた
- 対象になったのは月に数回しか起きない作業で、重い問い合わせ対応は範囲の外
- 活用支援の研修が終わると、触っているのは申請担当者だけ
- 実績報告に書けるのは、支払った金額と「便利になった」の1行
作業から決めた1年
- 重い作業を3つ書き出し、5営業日の記録で1件あたりの時間を持っていた
- 登録ツールで届く作業だけを補助金で進め、届かない作業は補助の外で設計した
- 導入前に、使ってよい範囲・入力しない情報・相談先の3つを決めていた
- 実績報告に、対象作業の時間がどれだけ変わったかを実数で書けた
不採択でも手元に残るもの
分けたのは補助率でもツールの性能でもなく、①の洗い出しと5営業日の記録を申請の前に置いたかどうかです。採択されなくても、作業の記録は次の公募と社内の判断にそのまま使えます。
この記事のまとめ
- 申請の前に決めるのは、対象作業3つの名前と今月の作業時間。ツールの候補はそのあとで足ります
- 450万円を狙うかは、4プロセス以上のツールが要るかと、賃上げ計画を無理なく表明できるかで決めます
- 見積書を受け取ったら、3年目からの利用料と社内の担当者の名前が書けるかを確かめてから申請に進みます
2026年9月
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